⇒トピック往来

☆トキ放鳥は6月に続き9月も 能登各地で「トキよ来い」と取り組み

☆トキ放鳥は6月に続き9月も 能登各地で「トキよ来い」と取り組み

今月4日付のブログ「国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月」の続き。石川県の馳知事は先日5日の年頭記者会見で能登で実施される国の特別天然記念物トキの放鳥について、予定している6月に加え、9月にも実施することを明らかにした。環境省の決定を受け、馳知事が報告した。9月の放鳥場所はまだ未定のようだ。地元メディア各社が報じている。

能登での1回目の放鳥は6月上旬ごろに羽咋市南潟地区(邑知潟周辺)で実施される。知事の説明によると放鳥式を同市の余喜グラウンドゴルフ場で実施しする。皇族を招く予定で交渉中のようだ。放鳥を予定しているトキは佐渡市で順化訓練を受けた個体で、15羽から20羽を予定している。9月に放鳥予定のトキは5羽から10羽で、場所や方法については、国や専門家からの助言を受け、県や能登の市町、JAなど関係団体でつくる「能登地域トキ放鳥受入推進協議会」で決めていくようだ。(※写真は、輪島市三井町洲衛の空を舞うトキ=1957年、岩田秀男氏撮影)

トキの放鳥をめぐって地域の人たちのいろいろな取り組みが動き出している。奥能登に位置する穴水町は、「本州で最後の一羽」と呼ばれたオスの「能里(のり)」が1970年に捕獲された場所だ。穴水町では、トキ復活を心待ちにする人たちが「能登トキファンクラブ」を設立し、エサ場になる池を自分たちで掘って環境整備や生き物の生息調査を行っている。

輪島の白米千枚田でも新たな取り組みが始まっている。棚田を耕す愛耕会では、去年から農法を除草剤などの農薬を使わない無農薬栽培に切り替えた。6月にトキが放鳥されることを意識した取り組みで、トキのエサとなるドジョウやメダカなどが繁殖する田んぼづくりくりに転換した。除草剤などの農薬を使わないとなると草取りなどに手間ひまがかかるのは言うまでもない。コメの収穫量も減るだろう。それでもトキが訪れる棚田にしたいという想いが募っているようだ。コメの収穫量が減ることになったとしても、千枚田の無農薬米が市場に出回れば、「千枚田のトキ米」として一気にブランド化するのではないだろうか。

本州最後の野生のトキが棲息していた能登では、トキはドゥと呼ばれれていた。水田に植えた苗を踏み荒らす「害鳥」とされ、ドゥとは「ドゥ、ドゥと追っ払う」という意味である。昭和30年代、地元の小学校の校長らがこれは国際保護鳥で、国指定の特別天然記念物のトキだと周囲に教え、仲間を募って保護活動を始めた。それでも能登ではトキは減っていった。時代は流れ、いまは逆にトキが舞い降りる田んぼにしようと各地で工夫を凝らす動きが出ている。トキの放鳥は、トキと共に能登半島が元気になっていくスタート地点なのかも知れない。

⇒8日(木)午前・金沢の天気   あめ

☆国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月

☆国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月

ことし石川県でのビッグイベントと言えば、6月に予定されている能登でのトキの放鳥ではないだろうか。日時の詳細はまだ発表されていないが、放鳥する場所は能登半島の中ほどにある邑知潟(おうちがた)周辺=羽咋市南潟地区=と決まっている。本州で初となるトキの放鳥だけに注目されるだろう。

この場所は環境省の専門家による調査などを経て、決定したようだ。選ばれた理由は大きく二つある。一つは、邑知潟を中心に羽咋市南潟地区には2㌔圏内の水田面積が1185㌶あり、放鳥が予定される15羽から20羽のエサ場としても十分な広さがある。もう一つが、地形が佐渡の地形とよく似た場所とされる。潟と平野を挟むように眉丈山系と石動山系があり、トキがねぐらをつくる場所として適している。また、新潟県佐渡から飛来したとみられるトキの姿が2011年以降たびたび目撃されていて、2013年には5ヵ月間ほど住み続けたことなども評価されたようだ。(※写真・上は、輪島市三井町で営巣していたトキの親子=1957年、岩田秀男氏撮影)

かつて能登はトキの生息地だった。眉丈山では1961年に5羽のトキの棲息が確認されている。ところが、田んぼでついばむドジョウやカエルなどのエサは農薬にまみれていた。眉丈山のほかにもいた能登のトキは徐々に減り、「本州で最後の一羽」と呼ばれたトキが1970年に捕獲され、佐渡の環境省トキ保護センターに繁殖のために送られた。ところが、翌年1971年3月、鳥かごのケージの金網で口ばしを損傷したことが原因で死んでしまう。「能里(のり)」という愛称で呼ばれていたオスだった。(※写真・下は、羽咋市南潟地区の邑知潟と水田。左の山並はかつてトキが生息していた眉丈山)

こうした経緯があり、石川県と能登9市町は環境省に能登でのトキの放鳥を働きかけてきた。国連が定める「国際生物多様性の日」である5月22日を「いしかわトキの日」と独自に定め、県民のモチベーションを盛り上げてきた。そして能登9市町は「トキ放鳥推進モデル地区」を独自の取り組みとして設け、いつトキが舞い降りてもいいように受け皿をつくっている。一連の熱心な動きが環境省で評価され、ことし6月の能登での放鳥につながったとされる。

トキのゆかりの地でもある眉丈山と邑知潟に再びトキが舞う日がやってくる。能登半島地震の災害からの復興のために石川県が策定した『創造的復興リーディングプロジェクト』の13の取り組みの中に、「トキが舞う能登の実現」が盛り込まれている。トキが舞う能登を震災復興のシンボルとしたい。能登の人たちの願いがいよいよ動き出す。

⇒4日(日)午前・金沢の天気     くもり 

☆ホットな話題 季節外れ金沢22度/加賀料理が国文化財に

☆ホットな話題 季節外れ金沢22度/加賀料理が国文化財に

けさから生温かな風が吹いている。天気は晴朗で、予報ではなんと22度にまで上がるとのこと。季節外れの暖かさだ。写真は午前10時30分ごろに撮影した金沢の近所の様子。雪吊りされた五葉松とさんさんと照らす太陽が妙に絵になっている=写真・上=。それにしても、きのう(19日)朝は石川県内各地が氷点下となり、輪島市ではマイナス2.2度の冷え込みとのニュースが流れていた。それがきょうは一転、暖かい空気が流れ込んで、平年よりも10度ほど高く、10月下旬並みの暖かさとの予想だ。きのうは外出にダウンジャケットを着ていたが、さて、きょうはどうするか。仕舞った上着を出すか。

ホットなニュースも。以前このブログ(ことし10月25日付)でも述べたが、金沢では伝統料理のことを「じわもん」と呼ぶ。伝統の料理は、小麦粉をまぶしたカモ肉を煮込んで作る「治部煮(じぶに)」や、魚のタイを背開きし、具材入りのおからを腹部に詰めて蒸し上げる「鯛の唐蒸し(たいのからむし)」=写真・下=などがある。こうした金沢の料理は「加賀料理」とも称される。その加賀料理が国の登録無形文化財に登録されることになった。国の文化審議会は10月24日、文部科学大臣に答申し、今月18日の官報に告示、正式に登録された。登録無形文化財制度は2021年に新設され、料理関係では「京料理」に次いで2例目となる。

もう一つ、上げの話題。日銀はきのう19日の金融政策決定会合で、政策金利を現行の0.5%から0.75%に引き上げると決めた。30年ぶりの高さとなる。植田総裁は決定後の記者会見で今の金利水準がまだ金融環境を引き締めていないとの認識を示し、利上げ路線を続ける意向を述べた(メディア各社の報道)。

欧米の中央銀行が高い政策金利を維持する一方で、日本が極めて低い金利を続けていれば、資金はより高い利回りを求めてドルなどの外貨へと流れる。これが円安を加速させ、食糧やエネルギーなどの輸入価格の高騰の要因となっている。まさに、日々の生活を直撃しているインフレ、物価高の根源だ。なので、円安にブレーキをかけるために利上げへと舵を切った。しかし、利上げには痛みも伴う。住宅ローンのある人は利払い負担が増加する。そして、実質的なゼロ金利で延命してきた、借入金依存度の高い企業にとって金利が上がれば、利払いは困難になる。逆の見方をすれば、「金利ある世界」への回帰は日本経済の転換点となるのではないだろうか。

⇒20日(土)午後・金沢の天気    はれ時々くもり

★金沢で「ひと、能登、アート。」展 震災と復興の音がテーマの作品も

★金沢で「ひと、能登、アート。」展 震災と復興の音がテーマの作品も

あと2週間余りで去年元日の能登半島地震から3年目を迎える。能登の復興を支援しようというさまざまが動きが見られるが、アートもその一つ。特別展「ひと、能登、アート。」=写真=が兼六園周辺に位置する石川県立美術館、金沢21世紀美術館、国立工芸館の3館でいま当時に開催されている。3館で同じテーマの展覧会も珍しいが、国宝を含めた文化財から現代アートまで86点の作品は都内を中心とした30の美術館などから寄せられたもの。となると、この機会を逃すと一生見ることができないかもしれないと思い立ち、鑑賞に出かけた。

3館同時の開催は今月13日から21日までの9日間。最初に足を運んだのは21世紀美術館。14日午前11時から東京国立博物館の主任研究員、高橋真作氏の作品解説があった。作品15点の中で大作なのが、版画家の棟方志功が1953年に完成させた『幾利壽當頌耶蘇十二使徒屏風』(五島美術館所蔵)。.棟方志功の作品は仏教をイメージした作品が多いが、キリスト教をテーマとしたものもあり、その一つ。高さ3㍍に幅1.8㍍という珍しい縦長の屏風にキリストの弟子である十二使徒の様子が描かれている。棟方志功は先の大戦で東京から富山県福光に疎開したことでも知られる。これまでの作品は戦災の東京で焼失したが、それでも気力を失うことなく、福光で作品づくりに励んだ。作品の大きさからも力強さを感じさせる。

「震災と戦災の違いはあるものの、棟方志功の作品が能登半島地震で被災された方々の励ましになれば」と高橋氏は述べていた。高橋氏は能登地震の後、能登で被災した文化財を救い出す「文化財レスキュー」の一員として能登に通ったそうだ。

このほか、21世紀美術館には、ルノワールの『ばらをつけた女』(国立西洋美術館所蔵)などの西洋の名画が並んでいる。「さすが21美」と思ったのが、現代アートも展示していること。アーティストの井上涼氏が実際に能登の地へ3度足を運んで取材・制作をした動画『ネコ耳をつけたウミネコのウネミちゃん』が上映されている。金沢美大の卒業生として、4年住んだ石川県への復興支援の想いを込めた。能登の現地で聞こえる音を録音して、それをもとにストーリーと歌をつくりアニメーション作品を仕上げた。

井上涼氏は21美の公式サイト「ひと、能登、アート。」でコメントを寄せている。「建物の解体の音もあれば、昔から変わらず聞こえるであろうごはんの支度をする音もありました。私の『復興支援』は作品をつくることで一つピークを迎えますが、このさきゆっくりと続けていくつもりです」。誰も手掛けなかった被災地の音の物語。今回の21美での放映は始まりで、これから追い続けていくようだ。復興の音はどのように聞こえるのだろうか。これからが楽しみだ。

⇒15日(月)夜・金沢の天気  あめ

☆年の瀬を弾ませるベートーベン「第九」 若き女性指揮者のタクトで

☆年の瀬を弾ませるベートーベン「第九」 若き女性指揮者のタクトで

年末恒例のベートーベンの『第九交響曲』の公演がきょう(14日)金沢歌劇座で開催され、聴きに行ってきた。石川県音楽文化協会の主催で、石川フィルハーモニー交響楽団の演奏、合唱は県合唱協会合唱団、名古屋なかがわ第九合唱団、氷見第九合唱団のメンバー。指揮者は吉崎理乃氏。昭和38年(1963)から続く公演で、63回目となる。ある意味でこのコンサートを聴くと年の瀬を実感する。

前段で披露されたのが、邦楽の名曲、吉沢検校の『千鳥の曲』。琴や三味線など伝統的なと音色とオーケストラの演奏が絶妙に響き合う。15分間の休憩の後、第九の調べが流れる。第一楽章は、弦楽器のトレモロとホルンで始まり、朝靄(あさもや)がかかったような入りだが、やがてホルンに促されるように全楽器が叩きつけるような強奏になる。第二楽章は、ティンパニーを駆使した構成で、弦楽器の各パートによりフーガ風のメロディが次第に盛り上がっていく。第三楽章は、木管楽器による短い序奏に続いてバイオリンが安らぎに満ちた音を奏でる。やがてクラリネットがそれを受け継ぎ。息の長いメロディと歌声が響く。

そして第四楽章は、「歓喜の歌」として知られる独唱と合唱を取り入れた楽章だ。管楽器と打楽器による不安げな導入部に続き、チェロとコントラバスによる会話のような演奏が入り、この後、低音弦楽器から順に高音弦楽器へ、そして全楽器による合奏へと高揚していく。聴いているうちに気分が高まっていく。

吉崎理乃氏の指揮は初めて見た。東京国際指揮者コンクール2024で第3位・特別賞・齋藤秀雄賞を受賞した気鋭の指揮者だ。きびきびとしたタクトの振りは若き才能が新風を吹き込んでいるようにも見える。コンサートは、合唱が高らかに歌い上げた後にオーケストラのみで力強く曲を閉じた。観客席からの拍手は鳴り止まなかった。

第九はベートーベンが残した最後の交響曲で、初演はウイーンで演奏された1824年5月だった。初演のとき、ベートーベンは聴力を完全に失っていて、指揮者の横で各楽章のテンポを指示するだけの役割だった。終演後の聴衆の拍手にまったく気づかず、背を向けていた。見かねたアルト歌手がベートーベンの手を取って、聴衆の方に向かわせて初めて熱狂的な反応に気が付いたという逸話が残る。初演から200年余り、時代と国を超えてこれほど人々に感動をもたらす曲はほかにあるだろうか。

(※写真・上は、第九コンサートのチラシ、写真・下は公演終了後に拍手が鳴りやまない会場の様子)

⇒14日(日)夜・金沢の天気   あめ

☆能登被災地・町野のFMラジオ NHK連続ドラマのモデルに

☆能登被災地・町野のFMラジオ NHK連続ドラマのモデルに

能登がNHKの連続ドラマの舞台となるのは2015年放送の『まれ』以来ではないだろうか。NHKの公式サイトによると、来年2026年春放送の連続ドラマ『ラジオスター』の制作が能登の輪島市で始まり、NHKはきのう(27日)出演者のコメントを発表した。

ドラマは、主人公の柊カナデ(福地桃子)は大阪で働いていて、恋人の故郷である能登を旅行中に地震に遭い、避難所で松本功介(甲本雅裕)の世話になる。松本はコメ農家で米粉を使ったパン屋を営んでいたものの、地震と豪雨で田んぼと店を失い、妻と息子とは離れて暮らしていた。カナデはボランティアとして再び能登に入り、松本と再会する。そのころ、地元では笑えるFMラジオを開設する話で盛り上がり、番組づくりの経験がない主婦の小野さくら(常盤貴子)ら町の人たちが集まっていた。予算もない、スタジオもない、電波もない状況だが、気持ちは盛り上がる。そんな中で、恩人の松本からの頼みでカナデがラジオのパーソナリティーを担当することになる、というストーリーだ。

出演者のコメントによると、福地は「演じるカナデも生まれも育ちも別の場所で、いろいろなご縁があって能登にやって来ます。この町の人ではない彼女だからこそ、ドラマを見る人の心に届けられるものがあると信じています」とアピールした。甲本は「僕らはうつむいている場合ではなく、このドラマを明るくて楽しい作品にしないといけないなと思っています」と語った。『まれ』にも出演した常盤は「1ヵ月ぶりに能登を訪れて、いまの能登は(被災した建物の)解体が終わって時間がたち、『さて、ここからどうしよう』という局面に立たされているんだなと感じました。今だからこそ、みんなで盛り上げていきたい」と能登にエールを送った。

連続ドラマ『ラジオスター』にはモデルがある。輪島市町野町には地元の有志らがことし2月23日に臨時に開設したFMラジオがあり、当日、その様子を見学に行った。被災地のこうしたFM放送は「災害FM」と呼ばれ、災害の軽減に役立つ情報を伝える目的で開局が可能だ。この日は公開スタジオが設けられ、元NHKアナウンサーの女性とフリーパーソナリティの男性が司会を務め、地元の住民がゲスト出演していた=写真=。主催する団体「町野復興プロジェクト実行委員会」ではその後、クラウドファンディングなどで開業資金を集め、7月7日に「まちのラジオ」のネーミングで開局にこぎつけた。農家や医師、消防士など10人のボランティアが、パーソナリティも含めた運営を担っている。

被災者にとっては「情報こそライフライン」である。NHKの連続ドラマがさらに後押しとなって、地域の人たちの輪をつなぐ和やかなラジオ局となることに期待している。

⇒28日(金)夜・金沢の天気   あめ

☆能登震災復興の足音 「被災農地の再開7割」「祭り復活は5割」

☆能登震災復興の足音 「被災農地の再開7割」「祭り復活は5割」

去年元日の能登半島地震と9月の記録的な大雨の被災地をめぐると、農地のダメージがいたるところで目に付く。地震で水田や畑地に亀裂が入り沈下、農道や水路でも亀裂が目立つ。法面が崩れたため池も見かけた。豪雨では、水田に土砂や流木の流れ込みが目に付いた。そうした農地も徐々に以前に戻りつつあるようだ。

石川県のまとめ(11月14日発表)によると、能登地震と豪雨で被災した農地2800㌶のうち、7割にあたる2000㌶で営農が再開された。再開に至っていない800㌶のうち、水路の損傷など生産基盤に原因がある500㌶は被害規模に応じ3つに区分して再開を進めている。被害が小さい200㌶は2026年の再開を目指す。中規模被害の150㌶は測量設計などを進めて2027年の再開を目標とする。大規模な崩落など被害が深刻な150㌶は今年度中に復旧方針を決め2027年に工事に着手、2028年以降の再開を目指すとしている。(※写真・上は、亀裂が入った輪島の白米千枚田=2024年3月4日撮影)

問題は、金沢など他地域への避難や移住などで耕作が再開されていない、人的な要因による300㌶の農地。県では今後の営農意向を把握するため、本来の耕作者800人に現在、アンケートを実施している。今月(11月)末までに回収を終わらせ内容を分析する。結果をもとに「奥能登営農復旧・復興センター」(穴水町・2024年11月設置)が農地利用に向けた話し合いを本来の耕作者と進める。また、外部からの農業スタートアップの募集も視野に入れ、耕作を受託する農業者との仲介などマッティングも行うことで、営農の再開に結び付けていくとしている(今月14日・馳知事会見)。

話は変わる。これも県の発表(11月14日)。能登地震以降で中止が相次いでいた能登の祭りについて、ことしは地震前の半数となる119件まで復活したことが分かった。地震の前まで226件の祭りがあったものの、地震の後は担ぎ手が確保できないなど、去年は68件に留まっていた。県では神輿や奉灯キリコの担ぎ手を派遣する祭りボランティア「祭りお助け隊」を設置するなどし、祭りの復活を支援。あばれ祭(能登町宇出津)やお熊甲祭(七尾市中島町)など、要望のあった21の祭りに451人を派遣した。(※写真・下は、「イヤサカヤッサイ」と若者たちが声を上げて担ぐあばれ祭りのキリコ=2025年7月4日撮影)

馳知事は発表当日の記者会見で能登の祭りに意義について語った。以下要約。「祭りお助け隊として参加した方からは、祭りの開催に貢献ができ、貴重な経験となった。祭りへの参加を通じて能登がもっと好きになった。来年以降も是非参加したいといった感想が寄せられた」、「祭り実施団体からは、祭りの開催が復興に向けた弾みとなった。祭りお助け隊との交流を通じて、自分たちの祭りの価値を再認識し、祭りを継承する意志が強まった。こうした声をいただき、一つでも多くの祭りが再開し、能登が元気に復活することを願っております」

被災農地の復旧は7割、伝統の祭りの復活は5割・・・。能登のキリコ祭りは豊作・豊漁を祈る祭りでもあり、一次産業と一体化した伝統的な催しでもある。徐々にではあるが、こうした数値から能登復活の足音が響いてくる。行政のアイデアと努力には敬意を表する。

⇒20日(木)夕・金沢の天気 くもり

☆ブルゴーニューのワインは語りも「醸舌」 香箱ガニそばの満足度

☆ブルゴーニューのワインは語りも「醸舌」 香箱ガニそばの満足度

ワインとそばの話。先日、金沢市内のワイナリーでフランスのブルゴーニューのワインを学ぶ集いがあり、参加した=写真・上=。講師は、ブルゴーニュ地方にあるヴォーヌ・ロマネ村のソフィー・ノエラさん。6代目の女性オーナーだ。家族経営で25㌶の畑でブドウを栽培している。畑の管理にはこだわりを持っていて、伝統的な手法を大切にし、農薬や化学肥料を使わない。そして収穫期までに3度の見極めをする。一つは、開花から100日後のブドウの育ち具合。二つ目が畑で常にブドウの状態、とくに害虫などついてないかを見極める。三つ目がブドウを試食し刈り入れのベストなタイミングを見極める。ブドウの栽培には妥協を許さない。これが代々の教えだそうだ。

ソフィー・ノエラさんが目指しているワインは、豊かで複雑な果実味をもち、さらにフィネス(エレガントで繊細な味わい)にあふれたもの。熟成によりフィネスがさらに深まると考え、数十年熟成可能なワインも造っている。注目されるフランスのワインだけに、最近では外資系資本が入ってきて伝統的なワイナリーの経営が別の人の手に渡ってしまうことは珍しくないらしい。ただ、ブルゴーニュのワイナリーはフランスの中でも特に血縁関係で繋ぐ伝統が濃いため、外資系資本の影響は少ないようだ。

最後に、「ペティアン・ナチュレ」について尋ねた。自然酵母で発酵し、自然に安定、無濾過で瓶詰めされ、酸化防止剤は使用しない自然派志向のまさにワイン原酒。この原酒ブームはフランスだけでなく、イタリアでも「フリッツァンテ」などと称され人気のようだ。ソフィー・ノエラさんは「ワインの味わい方は時代を超えて楽しめること」とほほ笑みながら語った。

話は変わって、カニのそば。ズワイガニのメスの香箱ガニが一匹丸ごと入ったそばが金沢にある。季節を感じさせるそばなので3年ぶりだろうか、久しぶりに店に入った。注文したのは「香箱蟹の玉とじあんかけそば」。ほかの客のほとんどが同じメニューを注文していた。この店の名物メニューだ。

20分ほど待って、カニそばが運ばれてきた。そばの上に香箱ガニの身と内子、外子などが並んでいて、じつに食欲をそそる=写真・下=。香箱ガニはおでんとの相性がよく、そばつゆとも違和感がない。満足度がじつに高い。来月26日まで季節限定のメニューとして並ぶ。ちなみに値段は3900円。

⇒18日(火)夜・金沢の天気   あめ

★マツタケ不作で高値 ズワイガニ豊漁で割安

★マツタケ不作で高値 ズワイガニ豊漁で割安

金沢の近江町市場は季節の食材がずらりと並んでいる。少々驚いたのが能登産マツタケの価格。1本150㌘の大きさのものが3万8000円、小さいもの9本300㌘で4万8000円の値札がついていた=写真・上=。店の人に「いつもの年より(値段が)高いね」と声かけすると、「ことしは不作なんですよ。残暑が長く続いて、大雨もあったせいですかね」との返答だった。確かに、店頭には能登のほか国産のマツタケそものが少ない。店の人によると、例年より4割から5割ほど高値だという。むしろ、カナダ産や中国産、ヒマラヤ山脈産などが多く並んでいて安い。

店頭を眺めながらふと思った。以下憶測だ。マツタケが不作というより、クマの出没が多発していて、キノコ採りの人たちが山に入るのを控えているのではないか、と。石川県ではことしのクマの出没件数は336件(今月11日時点)、隣県の富山県内では843件(同10日時点)となっている。富山では過去10年で最多だった2019年の919件に迫るペースだという(地元メディア各社の報道)。クマのエサとなるドングリが凶作や不作に見舞われている。さらに「人馴れ」したクマが増えていて、人里に出没するケースが増えているとの見方もある。

マツタケの産地の能登ではクマの出没件数は少ないものの出るときには出る。今月5日正午ごろ、半島北部の穴水町の道路沿いで体長1㍍から1.5㍍ほどの一頭の目撃情報が寄せられている(石川県庁公式サイト「令和7年のクマ出没記録」より)。マツタケのシーズンは今月下旬までといわれているので、消費する立場の自身も複雑な気持ちだ。マツタケに手が届かないまま今季は終わりか、と。人里の安全のためにクマ駆除の早急な対応を政府や自治体を願いたい。

さらに近江町市場を巡っていて気が付いたこと、それは今月6日に解禁となったズワイガニの価格が手ごろになっている=写真・下=。オスの加能ガニは大きなサイズだと1匹2万2000円という高値のものもあったが、そこそこのサイズだと5000円から6000円の値段多い。年によって価格は異なるものの、例年より2割から3割安いのだ。鮮魚店の人に尋ねると、解禁以降、好天続きで水揚げ高も多く、「ズワイは表年(おもてどし)だよ」と笑顔で話した。ただ、カニの需要期は12月から冬場にかけてなので、この時期に荒天が続くと高値を呼ぶかもしれない。

⇒12日(水)夜・金沢の天気   くもり

☆日常生活にクマ出没 駆除に自衛隊出動という非日常

☆日常生活にクマ出没 駆除に自衛隊出動という非日常

クマの駆除に陸上自衛隊が派遣された。前代未聞のことだが、まさに過疎化する日本を象徴する出来事ではないだろうか。メディア各社の報道によると、クマによる人身被害を防止するため、秋田県と陸上自衛隊第9師団(青森市)は5日、クマの捕獲に向けて協定を結んだ。自衛隊は箱わなの運搬などで県内市町村を支援する。きのうからさっそく、秋田駐屯地(秋田市)の隊員が鹿角市で活動を始めた。支援は自衛隊法100条(土木工事等の受託)などに基づき、①箱わなの運搬、②箱わなの設置や見回りに伴う猟友会員らの輸送、③駆除したクマの運搬や埋設のための掘削、④情報収集――の4項目。武器による駆除は対象外となっている。支援期間は今月末まで。

クマの市街地での出没や人身事故は秋田県だけでなく、全国的な問題となっている。近年その傾向が強まったため、政府はことし4月、クマやイノシシが市街地に出没し、建物内に立てこもったり、木の上に登ったりするなど膠着状態が続いた場合、それぞれの自治体の判断で発砲できるようにする「改正鳥獣保護管理法」を成立させた。そこで問題となっているのが、クマ対策に関わる人材の不足だ。山奥から人里に入って来るクマを途中で阻止するために仕掛ける箱わなは重さが200㌔のあり、それをクマの通り道を推測して各所に設置するというのは、人材不足で地方では手が回らない、というのが現実のようだ。

クマの出没は地方だけの話ではない。最近では「アーバンベア(都市型クマ)」と呼ばれ、市街地周辺で暮らし、街中に出没するクマも増えている。金沢市の野田山は加賀藩の歴代藩主、前田家の墓がある由緒ある墓苑だ。市街地と接しているが、供え物の果物を狙って出没する。野田山では「お供え物は持ち帰ってください」との看板が随所にかかっている。中心街にも出没する。周辺にオフィスビルなどが立ち並ぶ兼六園近くの金沢城公園で、たびたび出没したことから、捕獲用のおりを仕掛けたところ体長1㍍のオスがかかったこともある(2014年9月)。(※クマ出没に注意を呼びかける石川県自然環境課によるポスター)

環境省公式サイトの「クマに関する各種情報・取組」によると、今年度の上半期(4-9月)の全国のクマの出没件数(速報値)は2万792件だった。昨年度同時期の1万5832件を大幅に上回り、統計の残る2009年度以降で最悪のペースとなっている。これだけ出没が頻繁になってくると懸念されるのは人身被害もさることながら、動物から人に伝染する「ズーノーシス」(Zoonosis=人獣共通伝染病)ではないだろうか。人間の活動領域と野生動物の領域が混じり合いことで、間接的であったとしても野生動物との接触度が増えることで感染リスクが高まる。欧米を中心にかつて広まった感染症「サル痘」やエボラ出血熱などはズーノーシスとされる。

少々乱暴な言い方になるが、日本でもズーノーシスが起きるのではないか。感染したクマが人里や住宅街に頻繁に入ってくることで、人々に感染症をもたらすかもしれない。そんなことを懸念する。

⇒6日(木)夜・金沢の天気   はれ