⇒キャンパス見聞

☆老翁のつぶやき

☆老翁のつぶやき

   ワシは家じゃ。金沢大学の角間におる。老体を押して、この春、コブシの花が咲くころに白峰の山から、前田(利家)さんの金沢に下りてきたのじゃ。長生きをしてみるもんじゃ。ワシが越前におるころ、前田さんが金沢にきたのじゃ。あのお方は越前の武生にもおられさったのでよう知っとる。剛毅なお方じゃが、口が軽てな、「家康を殺れ」と死出の床でいうたもんで、お松さまは江戸に人質にとられる、その話を聞いた家来は目を突かれ耳を切られて大変じゃった。三代さんは鼻毛まで伸ばしておどけて見せ江戸の将軍さんに恭順したのじゃ…。この話でおわかりのとおり、ワシはもう四百年余りも生きているのじゃ。

   茶がほしいの~。昔、家はみな働き者でな、ワシはもともと養蚕農家だった。蚕を育てとった。今でも白峰に牛首紬というのがあるじゃろ、あの蚕糸はワシらがつくっとたんじゃ。老若男女が寄り添ってのお、それはそれはにぎやかじゃった。2階の天井を見上げみなされ、梁(はり)が合掌造りになっておろう、それがワシがもともと養蚕農家という証拠じゃて~。

   冬もにぎやかじゃったよ。1階の奥に仏間にあるじゃろ。ワシらは仏間とは呼ばん、「ドウジョウ(道場)」と言うのじゃ。ご法師さんがござって説教をされる、それを何度も何度も繰り返して空で覚えるのじゃ。極楽浄土を思えば、現世の苦などなんでもない。ひたすら念仏を唱えるのじゃ。大学に来てからはセミナールームと呼ばれておるが、今も昔も心して学ぶもんのドウジョウじゃ、あの部屋は…。

   そういえば、珍しい客人が大勢ござったのお、亜米利加のプリンストンとかいう大学の。餅をついて楽しそうじゃった。女子(おなご)でも体格がいいのはキネを軽々と持ち上げとったのお~。米一俵を持たせてみてもよかったかの。たくましいもんじゃ。長生きはするもんじゃ。餅の話をしたら喉が枯れてしもうた、お茶がほしいの~。

   ワシのことを言うとった何とかという副大臣がおったのお。そう、塩谷という名前じゃった。ワシはあと百年ほど生きれそうじゃと人づてに聞いて、「100年たった周囲の建物はなくなってとる」と言われたお方じゃ。ワシはあと百年生きたら、死なせてほしい。どうしても、もう一度というのなら、今度は海の夕日の見える丘の上に建ててほしいのじゃ。どっぷり暮れる夕日を眺めれば、五百年も生きた昔をうつらうつらと思い出だすじゃろ。もう、眠いワイ。

※プリンストン大学の学生45人の来館は6月30日、塩谷文部科学副大臣の来館は6月6日

⇒3日(日)午前・金沢の天気  曇り

★目奪う花、風通しよい館

★目奪う花、風通しよい館

   金沢市鳴和地区を歩いていると、歯科医院の前庭の花が美しかった。花の名前は分からなかったが、つい見とれてしまい、バスに乗り遅れてしまった。花の世話好きの歯医者さん、きっと近所に好かれているに違いない、と思った。

                 ◇
   金沢大学角間キャンパスの創立五十周年記念館「角間の里」は古民家を再生した建物である。最近分かったことだが、夏は風通しがよい。谷あいにあり、山から下りてきた風も、谷を上る風も通るのである。風が通るから湿気がこもることが少なく、この家が何百年と持った理由が理解できるような気がした。

   風通しがよいのは、何もこの古民家だけではない。学内も風通しがよい。少々会議が多い気もするが、これも通気をよくする一つの方策なのだろう。ただし、学内の情報が学生に向けて風通しがよいとは言いがたい。学生はポスターを見てくれているのだろうか。チラシを配っても学生の手が伸びない。シンポジウムの参加を呼びかけても、学生の数が少ない。何か風の通りが悪いのである。

   そこで、思案した結果、生協食堂の館内放送設備を使って、「ミニ放送局」をつくる計画を練っている。週二回、音声のみのインフォメーションである。大学の放送研究会も協力してくれることになった。情報の通りがよくなれば、学内はさらに活気づくのではないか。すっきりしない梅雨、季節の話題と感じてもらえばいい。

⇒30日(木)午後・金沢の天気 雨

☆眠りにつく夏

☆眠りにつく夏

  古民家を再生した金沢大学「角間の里」で活動する人たちの数が格段に増えた。きのう25日も、水菓子を作り、棚田の小屋を造り、遊歩道の整備、ホタルの観察会と実に150人余りが活動を繰り広げた。それらの活動を記録しようとカメラを携え自転車をこいだ。

  古民家は井戸水と似たところがあって、夏涼しく、冬は暖かい。外気は30度は超えているものの、家の中は風が通って涼しい。エアコンはいらない。天然の風で十分である。ふと板場の部屋を見ると、イ草の座布団を並べて男の子が気持ちよさそうに眠りについていた。この子はどんな夢を見ているのだろうか、そう思わせるほど、「見事な眠り」だった。

   この子が眠っていたころ、キャンパスの裏山にあたる、通称・キタダン(北谷)では、大人の「よいとまけ」の声が谷あいに響いていた。棚田に休憩所と野鳥の観察を兼ねた小屋を造るためである。大勢で重い槌(つち)を滑車であげおろしし、地固めを行う。かけ声で力を合わせないと、この重い槌はあがらないのである。普段使ったことのない筋肉を使うので重労働だ。

   市民ボランティアの人たちは言う。「大学でボランティアができることにとても意義を感じている」と。ありがたい言葉である。では、大学人はどんなことに存在意義を見出すのか。それは、未来の人づくり、子供たちへの教育である、と私は考える。子供たちの未来のために大人が存在するのである。

しかし、どうもその道理が逆転している。きのうのニュースで、国と地方の「借金」が1000兆円にのぼったと報じられた。誰がこの天文学的な借金を返済していくのか、60年国債を無責任に乱発して、その肩代わりを未来の子供たちにまでさせようとするのか。子供たちに責任はない。理不尽な話である。もし、その子供たちが大人になって「国を出よう」と言い始めたら、日本という国は一夜にしてデフォルト(債務不履行)に陥ってしまうではないか。

   よく寝る子は育つ。熟睡は健全な証拠である。この子たちが目覚める前に、大人たちは膨大な国の借金の始末をつける必要があるのだ。

⇒26日(日)午前・金沢の天気  晴れ

★続・古民家のアーキテクチャー

★続・古民家のアーキテクチャー

   さる6月6日、文部科学副大臣の塩谷代議士が金沢大学の自然科学系図書館、自然科学棟、そして創立五十周年記念館「角間の里」を視察に訪れた。林学長から塩谷副大臣に紹介をいただき、私は塩谷氏と会話するチャンスに恵まれた。

(宇野)「民間のテレビ局から転職しました。よろしくお願いします」
(塩谷)「ほお、珍しいね。ところで、この古民家はあと何年持つのかね」
(宇野)「建築家はあと百年はかたいと言っています」
(塩谷)「百年か、百年たったら周囲の建物はないな」
(宇野)「それもそうですね…」

   ほんの二言三言の立ち話だったが、塩谷氏の言葉は印象深かった。コンクリートの耐久年数は50年か、よく持ちこたえて60年である。百年もたてば今ある大学の周囲の建物はなくなって、この館だけが残るだろう、塩谷氏はそう言ったのである。

   私はいま50歳である。余命は30年余りだろう。私の死後20年か30年たって、この古民家を再評価する動きが出てくる。大学は再び総合移転する必要性に迫られ、この家の処遇をめぐって、どう評価するかという論議である。その時、この家に関するインターネット検索が行われるだろう。するとこの家について記した私の「自在コラム」がインターネットの海底深くからサルベージされるはずである。以下は後世の人に贈る私の備忘録である。

   私はこの家で人生のある時を刻んだ。この意味で私はこの家のファミリーの一員である。この家の懐に抱かれるようにして時を過ごし、人と出会い、夢を語り、人生に悩み、そして生きるすべを考えた。私がここにいるだけでどれほどの人が訪ねてきてくれただろうか。私を訪ねてきてくれたのではない、この家を訪ねてきてくれたのだ、と思っている。

   学生時代にインド哲学でリーインカーネーション(輪廻転生)という言葉を習った。この家の価値を認める人がいる限り、この家はまた再生する。50年後、60年後の再評価の声というのは、この家を再生させるための呪文に過ぎない。私はそのことを「リーインカーションの調べ(旋律)」と仮に名付けた。この家、老翁のつぶやきが聞こえる。「私はもう300年も400年も生きている。もう死なせてくれてもいい。どうしてももう一度というのなら、今度は海の夕日の見える丘の上に建ててくれ、山里の暮らしが長かったから…」。後世の人はどうか老翁のこの願いをかなえてやってほしい。(2005年6月25日)

⇒25日(土)午前・金沢の天気  晴れ

☆古民家のアーキテクチャー

☆古民家のアーキテクチャー

   別に建築美というものを意識して造ったわけではないだろう。人間の知恵の限り合理的に木材を切り込んで組み立てたら、それが建築構造的にも美しく仕上がっていた、と表現したらいいのかもしれない。美の感性ではなく、知恵の美である。金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」は白山ろくの旧・白峰村から寄付してもらった古民家(280年)を再生したものだ。完成間近の4月上旬にこの館を見学させてもらった時、何か胸にこみ上げてくるものがあった。昔、この家に住んだことがあったかもしれないと不思議な錯覚に陥ったものだ。それ以来、この家に愛着がわいた。

   冒頭記したように、古民家には知恵のアートというものを感じる。光を取り込む工夫、家の耐用年数を限りなく延ばすための工夫などである。それは環境に応じた自然な発想で、現代の建築家が意識するアートと違って気負いというものがない。上の写真(左)は梁(はり)がむき出しなった2階の部屋である。真ん中を通る照明とマッチしてかえってモダン建築のようにも見える。採光を貪欲に意識した窓。雨天の農作業に欠かせない長く伸びた「ひさし」=写真・下=は、少人数のゼミにはもってこいの空間になっている。

   もともとこの家は養蚕農家で、建築の専門家が言うには岐阜・白川の合掌造りのような3層構造になっていた。それをベースに改築が重ねられたものらしい。築280年というのは白峰村に移築されてからのことで、それ以前は福井の大野か勝山にあったものらしい。つまり、この家の本当の年齢は280年プラス何年かは分からないのである。ただ、合掌造りの名残をとどめるとすれば、それが350年か400年かと私には想像をめぐらすことしかできない。

   一つ言えることは、金沢大学に来る前は白峰村、その前は白峰村の桑島地区にあった。1980年に完成した手取ダムのダム底に沈む運命にあったものを引き上げたのである。さらにその前は石川と福井の県境である谷峠を越えてやって来た。13㍍もある棟木、数知れない柱。運搬のためにどれほどの馬車が峠を往来し、あの急坂に苦しげな馬のいななきがこだましたことだろう。そして、白山ろくの厳しい風雪に耐え、ダム底に沈む運命をかろうじて免れ、そして2005年の春、金沢大学のキャンパスにやって来た。この家の柱についた傷は人々が生きた証である。これを眺めているだけで、この屋根の下で織りなされた何百人という人の人生、暮らし、泣き笑いがまぶたに浮かんでくるようで自然と涙が出てくる。

   私は建築家ではないので専門的なことを語る術(すべ)はない。ただ、カメラを携えていろいろなアングルを撮っているうちに、黒光りする柱に人生で言えばベテランの「いぶし銀」のような生き方を感じ、人として共感する。ただそれを私は美しいと感じる。

⇒24日(金)午後・金沢の天気 晴れ

★バナナのから揚げ

★バナナのから揚げ

   今回の「自在コラム」のカテゴリー選択は実に迷った。果たしてどんな分類か、と。テーマは「ババナのから揚げ」=写真=である。金沢大学「角間の里山自然学校」代表の中村浩二教授(生態学)が「こんなの初めてでしょう」と袋詰めしたものを持ってこられた。インドネシアから帰国した研究生がお土産にと持参したものをお裾分けしていただいたというわけだ。  
アジアの風味 
   妙な味がした。中村教授によると、バナナを乾燥させたものをココナッツ油で揚げたものだそうだ。現地ではいろいろな食べ方があって、生のものを揚げて食する方法も「なかなかのもの」。お土産としては乾燥したものに人気がある、とか。初めて食べた印象は、干し芋を揚げたような食感だと思った。歯触りは軟らかなビーフジャーキーのようでもある。ココナッツ油が胃壁にこびりつく感じがして、量は食べることができなかったが、エスニックな雰囲気を味わうには十分だった。見た目は乾燥したナマコにも似ているが…。

   インドネシアの食品でもう一つ。コーヒーが妙だ。このコーヒーは挽いた粉にお湯を注ぐだけのインスタントなのだが、なかなかお湯に溶けない。そこで、粉をちょっと注ぎ足して飲み、また注ぎ足してと何回でも飲める。そして飲むうちにだんだんと喉がいがらっぽくなってきて、「そろそろ飲むのをやめようかな」となる。これはこれでまた異国情緒たっぷりのテイストなのだ。

   見た目や味で完璧さを求める日本の食品とはひと味もふた味も違うところに新鮮さを感じる。決してグルメの紹介ではない。そして、グローバルに研究交流が進み、人が往来すれば珍しい食べ物も自然に渡ってくる。大学というのは面白いところだ、と言いたかったのである。

⇒23日(木)午前・金沢の天気  曇り

★稲はざ立つ里山の夏

★稲はざ立つ里山の夏

  梅雨は素通りで、真夏かと思うほど気温がぐんぐんと上昇しています。緑に囲まれた、ここ金沢大学角間キャンパスでも随分と暑いと感じます。その夏も通り越して、この「角間の里」ではもう秋の準備も始まっています。下の写真は稲はざ。市民ボランティアの人たちが立ててくれました。縦に立っているのはクリの木、横が竹です。最近はコンバインで一気に刈り取りと脱穀をするので、この稲はざの風情は失われつつあります。

   稲はざの向こうに見えるのが、金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」。私のオフィスです。山の斜面の棚田ではモチ米が栽培されており、秋の収穫が楽しみです。刈り取られた稲がこのはざに掛けられ、直射日光をたっぷり浴びた米を蒸して、もちをつくのです。アワやキビも入れます。棚田を復元した人、田で植えた人、稲はざをつくった人みんなで収穫を祝いたい。そんな気持ちで、オフィスからこの稲はざを眺めています。

   今月30日にこの「角間の里」にアメリカのプリンストン大学の学生45人がやってきます。日本語と日本文化を学ぶ学生たちです。板ばりのセミナー室=写真=で車座になり、日本の学生たちと語り合う姿を想像してみてください。そして、市民ボランティアの人たちが「もちつき」をしてくれます。日本の農山村の風景はすでにsatoyamaとして彼らも知っているそうです。この日はmotitukiも彼らのボキャブラリーに加わることでしょう。そしてinahazaも。

⇒21日(火)午後・金沢の天気 晴れ

☆虫愛でる少年たち

☆虫愛でる少年たち

   子供たちは随分ひ弱になったと言われる。たとえば、ここ金沢大学角間キャンパスの「里山自然学校」に遊びにやってくる子供たちの中には、虫を見ただけでフリーズしてしまう子もいる。4月の終わりごろ、附属幼稚園の子供たちが遠足の休憩に立ち寄った。トイレに入った男の子が便器に向かった途端にズルズルと後ずさりし、「なんで虫がいるのだ」と悲鳴を似た声を上げた。便器の中にカメムシが一匹歩いていた。男の子はこのカメムシに仰天し、オシッコもせずにその場を立ち去った。

    家の中に虫がいてはいけない、というのが最近の家庭の風潮だ。だから、ゴキブリを捕獲するのにあちこちに「粘着性のある虫取り箱」を仕掛け、ダニを駆除するために浴びるほどの殺虫剤をまいている。虫さえいなければ清潔だと思っている。その結果、ヒステリックなまでに「虫嫌い」の子供たちが家庭内で培養されている。
  
   逆に「虫を愛でる」子供たちを紹介する。里山自然学校で活動する子供たちの中で、金沢市子ども科学財団の面々はひと味違う。先日、昆虫採取の会が開かれ、小学生を中心に30人が集まった。虫取り網を持たせても右に斜めに構えてウオーミングアップするその姿は実に頼もしい。採取にいざ向かおうという時、雨が降り出した。指導者が「カッパを着よう」と言うと、「カッパなんか着たら動きが鈍くなって虫が捕れないよ」と言い出す子供がいた。確かにそうだ。いざ、虫取りが始まると、まるでハンターだ。ほれぼれするくらいに身のこなしが速い。男の子も女の子もである。 
 
   「成果物」を持ち寄っての標本づくりも慣れた手つきだ。一方で、昆虫採取に飽き足らず、近くのビオトープにジャブジャブと入っていき、クロサンショウを見つけて歓声を上げる子もいる。この子たちがこのまま大きくなれば生物学者や生態学者に成長するのではないか、と予感させた。

   きのうNHK金沢放送局の夕方のワイド番組で里山自然学校から生中継があり、子ども科学財団の子供たちを紹介した。上の写真は、本番前にもかかわらず、ビオトープに集まり観察する子供たちの姿である。もう一枚は中継のために持ち寄った自慢の昆虫標本(ミヤマカラスアゲハほか)だ。

   虫アレルギーの子供もいれば、昆虫学者の卵のような子供もいる。私は2つのタイプの子供たちを見てきた。もし大人が、前者のような子供たちしか見ていないとすれば、日本の将来を不安に思う違いない。

⇒16日(木)午前・金沢の天気 曇り 

★里山に夏が来た

★里山に夏が来た

   金沢大学角間キャンパスにも本格的な夏が来たようです。下の写真をご覧ください。5月14日に植えた雑穀がこんなに青々と茂っています。これは大学周辺の市民ボランティアが耕作してくれている畑なのです。アワのほかにトウモロコシ、キビ、サツマイモなどがあります。バックに見える大学創立五十周年記念館「角間の里」の横にはビオトープがあり、そろそろホタルの季節です。 
アワ茂る  

   先にご紹介しましたが、「角間の里」は築280年の古民家です。白山麓の旧・白峰村から譲っていただき、ことし4月に金沢大学にやってきました。今月10日に保育園の子供たち50人がここを訪れ、駆けっこをしたりと大はしゃぎでした。子供たちが脱いだ靴が土間いっぱいになるくらいでした。あなたは、こんなに大勢の子供たちの姿を最近見たことがありますか。この子供たちがおそらく70歳、80歳になっても「角間の里」は健在でしょう。何しろ280年も生き延びてきたのですから・・・。
土間に幼い息吹  

   きょう15日夕方、NHK金沢放送局の番組「いしかわワイド」で、「角間の里」から生中継があります。ご覧いただければ幸いです。

⇒15日(水)午前・金沢の天気 晴れ 

★ラスベガス残像と金沢大学

★ラスベガス残像と金沢大学

  4年前の夏、家族旅行でアメリカのラスベガスを訪れた。灼熱の砂漠に「エンターテイメントの泉」が出現している。樹木より人の数が多い。その当時を思い出しながら、勤め先の金沢大学角間キャンパスはその対極にあるのではないかと想像をめぐらせたりしている。深緑の山里に「知の泉」である。

   ラスベガスにはギャンブルという仕掛けがある。人の欲望を最大限に引き出す装置である。同じように金沢大学には、教育・研究という仕掛けがある。人の知的欲求を最大限に引き出す装置だ。162万冊の蔵書がある図書館。1万8百人の学生が1日1冊読んだとしても半年はかかる膨大なライブラリーである。
                    ◇
   きのう(10日)金沢市内の保育園児50人が角間キャンパスに「散歩」にやってきた。迎えたのは保健学科の学生80人。キャンパスの中にある広葉樹の森を学生と保育園児が手をつないで散歩するのである。当初お互いドキドキしながら手をつないでいたが、山を下りるころには心が砕けた感じに、お弁当を広げるころ=写真=には随分と子供たちが懐いた感じになった。園児にとっては山を散歩するという経験、学生には園児をケアするという保育実習になった。

    お弁当を食べた築280年の再生古民家「角間の里」は130人もの園児と学生であふれた。1980年、白山麓の手取ダムで水没の運命にあったこの古民家は住民の手で救われた。そしてことし4月に金沢大学のキャンパスで再生された。その家の中を駆けっこする園児たちの歓声が響いた。何もないネバダ州の砂漠に出現した巨大ホテルで、ギャンブルに一喜一憂する観光客の喧騒と子供たちの歓声がダブった。

ラスベガスと日本の時差は夏場で16時間だ。当時、ちょっとした事情でラスベガスからアリゾナ州のグランドキャニオンへ足を伸ばすことができずに、そのままシアトル経由で関空に帰ってきた。もしグランドキャニオンに足を運んでいればまた別の感想になったかもしれない。テーマ設定の弱い、取り留めのないコラムになってしまった。

⇒11日(土)午前・金沢の天気 曇り