⇒ドキュメント回廊

☆「雲を測る」スケール感の人

☆「雲を測る」スケール感の人

 金沢21世紀美術館の屋上に据え付けられているブロンズ作品は「雲を測る男」である。その作者であるヤン・ファーブル(ベルギー)はあの有名な昆虫学者ファン・アンリ・ファーブルのひ孫だ。が、この作品を実際に見た人はブログの写真と実物はちょっと違うと言うだろう。そう、男が胴から腰にかけて白い布をまとっている。この写真を撮影した2004年9月、台風16号と18号が立て続けにやってきた。何しろ屋上に設置されているので台風で倒れるかもしれないと、まず布を胴体に巻いて、その上にワイヤーを巻いて左右で固定したものだ。

   美術館はオープン前の一番あわただしいとき。案内役だった館長の蓑豊(みの・ゆたか)氏のそのときの言葉が振るっていた。「金太郎さんの腹巻のようでしょう」と。場を和ますユーモアの人である。その蓑氏が3月31日付で館長を退任する。

 蓑氏は初代館長として、子どもが訪れやすい美術館というコンセプトで運営。開館2年余りで来館者は300万人を突破した。いまや兼六園や武家屋敷と並ぶ金沢の名所となった。金沢生まれ、慶應義塾大学(美学美術史)を卒業し、米国ハーバード大学で博士号取得。シカゴ美術館東洋部長などを歴任、現在、全国美術館会議会長も務めている。

 その華麗な経歴に似合わず、話し振りは「人懐っこいオヤジさん」という感じ。アイデアがポンポンと飛び出す。開館当時語った目標の入場者は「1日千人」。この数字をいかに日々達成していくか。たとえば、館内にはこの建物に工事にかかわった2万人の名前を金属板に刻んで掲げてある。「その家族や兄弟、子孫が名前を見に足を運んでくれる。いいアイデアでしょう」とニヤリ。「その積み重ねで賑わいや30億、40億の経済の波及効果が生まれはず」とも。アメリカ仕込みの人の心をつかむアイデアと計算の緻密さが買われ、05年4月には金沢市助役にも抜擢された。

 その蓑氏の手腕を、世界的な美術品オークション会社「サザビーズ」も欲していたようだ。退任後、蓑氏は再び米国ニューヨークに渡り、この5月からサザビーズ北米本社の副社長に就任する。「10年以上前からサザビーズに誘われていた。渡米後は世界の超一流の美術品に囲まれて暮らしたい」(20日付の朝日新聞)と語った。雲の大きさを測るような、スケール感のある人なのである。

 ⇒20日(金)夜・金沢の天気  くもり

☆チャンネルレビュー2006「視聴率」

☆チャンネルレビュー2006「視聴率」

 ことしのテレビの年間視聴率(1月1日-12月24日)のランキングが30日付の北陸中日新聞で掲載されていた。サッカー・ワールドカップやトリノオリンピックなど大型のスポーツイベントがあり、総合ベスト10のうち、スポーツが9つも占めるという結果になった。そこから何が見えるのか。視聴率の調査会社「ビデオリサーチ社」が公開している視聴率データ(関東地区)をもとに振り返る。

  ことしの総合トップは52.7%で「サッカー・2006FIFAワールドカップ 日本VSクロアチア」(6月18日・テレビ朝日)だった。試合はドローだったが、175分の緊張感はこのゼロの試合展開で保たれ、高視聴率に結びついた。以下8位まで「ワールド・ベースボール・クラシック」「ボクシング・亀田兄弟ダブルメイン」「トリノオリンピック」と続く。9位にようやくドラマ「HERO」31.8%(7月3日・フジテレビ)がランキングされてくる。そして、10位で「ボクシング・世界ライトフライ級 亀田興毅VSファン・ランダエタ」となる。つまり、年間の高視聴率10番組のうち、9つもスポーツものがランキングされた。

  数字だけを眺めれば、日本のテレビ局はスポーツコンテンツに頼らざるを得ないのか、という気分になってくる。が、つぶさに数字を追っていくとスポーツ番組の中で異変が生じているのが分かる。

  3月21日の「ワールド・ベースボール・クラシック」43.4%は、キューバとの決勝に勝ち日本が世界一となったため。しかし、これを除けば、日本のプロ野球コンテンツは上位にランキングされていないのである。序盤に巨人が首位を快走しながら数字が伸び悩み、巨人の負けがこみ出すとさらに低下した。そして、7月の巨人戦ナイターの月間平均視聴率が7.2%に落ち込むと、フジテレビが8月以降の地上波での中継をやめるという事態になった。

  さらに、読売グループの日本テレビは来季の巨人戦の主催試合(72試合)について、地上波は40試合しか放送しないと発表した(12月14日)。系列のCS放送では全試合を放送する。つまり、もう地上波の放送コンテンツとして営業的に限界線を超えているとの判断だろう。

 ちょうど10年前の1996年の視聴率ランキングでは、日本シリーズ第2戦・巨人VSオリックスと総選挙開票スペシャル番組を同一画面で見せた日本テレビが43.3%を稼ぎ、年間ランキングで2位。ほかにもベスト10のうち、巨人戦がらみの3つの中継番組が入った。こうした数字とことしを比較すると、日本テレビの危機感は相当のものだろう。民放キー局の9月中間決算でも、日本テレビの売上高は対前年同期比でマイナス5.5%となり他キー局に比べ際立った。

  スポーツ以外の番組視聴率はどうか。世界で起きていることを事実に基づき検証するといった報道番組となると、「教育・教養」のジャンルで10位にランキングされてる「筑紫哲也・安住紳一郎NYテロ5年目の真実」17.4%(9月11日・TBS)ぐらいである。それではエンターテイメントの娯楽番組はいうと、これは1位が「SMAP×SMAP」26.6%(3月13日・フジテレビ)。視聴率とすると悪くはない。「面白くなければテレビではない」のフジテレビは健在だ。

  そこで注目が集まるのは、きょう31日夜のNHK紅白歌合戦の視聴率だ。かつて大晦日の風物詩、あるいは国民的行事とまでいわれた番組も2000年以降、一度も視聴率50%を超えていない。面白いのは、フジテレビはきょうの紅白歌合戦に最近人気のフィギュアスケートをぶつけてくる。全日本選手権を制した浅田真央ら大会上位選手が顔をそろえる華やかなアイスショーの収録もの。さらにNHKはこれを意識して、紅白歌合戦の特別ゲストにトリノオリンピックのフィギュアスケート金メダリスト、荒川静香を起用している。

  不祥事が続き、受信料不払い、命令放送などなど、この1年も揺れに揺れたNHKはこの番組だけは死守したい。あやかれる人気にすべてあやかりたい、そんな思いが滲む。おそらくNHKの目標は1部40%(前回35.4%)、2部45%(同42.9%)だろう。しかし、他のマスメディアの関心事は2部が40%を切るかどうか、その一点に違いない。NHKを見る目線はいまだに厳しい。

 ⇒31日(日)午後・金沢の天気  はれ 

★ニュースアングル2006「敗北か」

★ニュースアングル2006「敗北か」

 ことしのニュースで印象深かったもの、それは12月10日の剣道世界選手権だった。男子団体が準決勝にアメリカに敗れた。37年目にして喫した敗北だった。各紙が歴史的な敗北として、「剣道敗れる。日本の国技危うし」「剣道最大の危機」などど見出しを立てた。折りしも、ハリウッド映画「ラストサムライ」がヒットしただけに、日本のプライドが傷ついたのかも知れない。しかし、当の外国人は勝負のレベルでこの試合結果を考えているのだろうか、と思う。

 このニュースを読んで、去年7月、金沢大学で講演いただいたイギリスの大英博物館名誉日本部長、ヴィクター・ハリス氏=写真=の言葉を思い出した。ハリス氏は日本の刀剣に造詣が深く、宮本武蔵の「五輪書」を初めて英訳した人物だ。ハリス氏はヨーロッパ剣道連盟の副会長の要職にあった。そのハリス氏が講演の最後の方に以下のような苦言を呈した。

 日本の剣道は精神文化の一つの行き着く先でもある。それを、国際的なスポーツにしようと意識する余り、勝ち負けという小さな世界に押し込めるのはいかがなものか、と。「ヨーロッパで剣道を始める人のほとんどは、勝ち負けを超えた、その精神性にあこがれて入門している」と。剣道をオリンピックの競技種目にとの声が日本人から発せられていることを牽制したかたちだ。「誇り高い精神修養を勝ち負けだけの判断基準であるスポーツに貶(おとし)めるな」とハリス氏は強調したのを覚えている。

 この点からいくと、アメリカチームが日本チームを凌いだことは意味がある。ハリス氏流に解釈すれば、剣道の宗家である日本に勝つことは宮本武蔵に一歩近づくことと同じなのだ。サムライの中のサムライ、宮本武蔵に近づいたという実感がアメリカチームに湧き上がったに違いない。

 勝ち負けではなく、ストイックに技を極めるプロテスタントの精神と剣道は合理性が合っているのかもしれない。ふとそんなことを考えさせるニュースだった。

⇒28日(木)夜・加賀市山代温泉の天気  あめ

 

☆哀悼2006「岩城宏之さん」

☆哀悼2006「岩城宏之さん」

 このブログを、ベートーベンの交響曲第7番を聴きながら書いている。この明るく軽快な曲想にどれほど癒されたことか。聴いているCDは今年6月に逝去した指揮者の岩城宏之さんとオーケストラ・アサンブル金沢(OEK)によるものである。私にとって、岩城さんのCDということで思い入れが深い。

  05年の大晦日から06年の元旦の年越しコンサート(東京芸術劇場)は岩城さんがベートーベンの交響曲9番までを全曲指揮する世界で唯一のクラシックコンテンツだった。経済産業省から事業委託を受けた石川県映像事業協同組合は、北陸朝日放送(HAB)にインターネット配信のコンテンツ制作を委託。HABはスカイ・A(大阪)と共同制作するという枠組みで05年のベートーベンチクルス(連続演奏)を番組化した。私はそのネット配信の総合プロデュース役で、演奏を聴きながら東京で越年した。

  大晦日で通信回線が混み合うことを想定して、ストリーミングサーバを日本テレコムの社屋内に置いた。9時間40分のネット配信でのIPアクセス(訪問者数)は2234となった。クラシック音楽のファンは国民の数%と言われおり、スポーツ映像やドラマと比べれば格段に少ないIPアクセスかも知れないが、クラシックコンテンツとすると随分とアクセスを集めた。

  2234のログを解析をした結果、訪問者のうちウイーンから17アクセスがあった。テレコム・オーストリアのサーバードメインだった。クラシックの本場から、このコンサートイベントはモニターされていたのである。私自身の怠慢で、このことを岩城さんに報告するチャンスを逸してしまった。その岩城さんは手術のために入院、そしてことし6月に逝去された。

  もしこのウイーンからのアクセスを報告していれば、岩城さんはニヤリと笑って、「ニホンのイワキはとんでもないことをやってくれたと世界の連中は言っているだろう。それで本望だ」と言葉を返してくれたに違いない。

  04年に岩城さんが初めて大晦日のベートーベン演奏をやると宣言したとき、「派手好きな山本直純(故人)がやるなら理解できるが、岩城さんがやるべきコンサートではないのではないか」と評する声もあった。しかし、その目標設定が手術を重ねた岩城さんを元気にしたのは間違いない。

  岩城さんは2度目の演奏を終えた打ち上げパーティーの席上で、3度目の挑戦を宣言していた。それが叶わなくなった今、その後も「岩城さんの後を引き継いで大晦日のベートーベンをオレがやる」という指揮者は現れていない。

⇒27日(水)朝・金沢の天気  くもり

★正論暴論2006「石油論」

★正論暴論2006「石油論」

 これを暴論と解釈するか、先見と理解するか、おそらく意見は分かれるだろう。今年、識者のピニンオンでじっくり考えさせてもらったものを2つ紹介する。先日届いた07年1月1日-8日号の「アエラ」(朝日新聞社発行)で、脳学者の養老孟司氏が述べている「早く石油を使い切れ!!」は相当にインパクトがある。

  限りある天然資源、石油の可採年数はあと40.5年とされる。そこで「省エネ」と言って、長くも持たせよう、効率よく使おうと、地球温暖化現象ともあいまって世界中が大合唱している。しかし、養老氏は「ちょっと乱暴な言い方ですが」と前置きして、「省エネすれば石油資源の寿命が延びてしまう」「限りある資源だから一刻も早く使い切れ」「その先に幸せな地球が待っている」と断じる。

 石油をめぐり世界は戦争をしてきた。そもそも太平洋戦争はアメリカのルーズベルト大統領が日本への石油を止めて日本の譲歩を引き出そうとしたことが発端だった。これに過敏に反応した東条英機がパニックとなった。そこで、日本はシンガポールを攻略し、フィリピンを占領し、インドネシアの油田を確保した。この時点で日本の目的は達成された。しかし、深みにはまっていく。

  また、養老氏は石油がなくなれば社会問題(地方分権、医療問題、子どもの教育問題など)が解決すると主張する。要は、石油のために、人間が楽をすることを覚え、体を動かさなくなった。「人間は石油を使って機会をより便利にするために躍起になってきたけれど、機械を丈夫にすると人間が壊れる」

  最後に、中国が日本や欧米のように石油を使って都市機能を動かし始めると、温暖化どころか地球は滅びる、との内容で締めくくっている。

  もう一つ紹介する。先月、金沢大学で講演した月尾嘉男氏。東大名誉教授で「ITの伝道者」でもある。その月尾氏の持論は「日本が滅びるならテレビから滅びる」である。

  「では、なぜテレビから滅びるのか」。月尾氏の持論はこうだ。世界最大にして消滅した国家は古代ローマ帝国である。末期になり腐敗した帝国は「パンとサーカス」の政策で国民支持を集め国家を維持しようとした。ローマ市民には食料と娯楽を無料で提供したのである。巨大なコロセウムで開催される残虐な闘技、いつでも利用できる巨大な浴場を無償で提供する愚民政策により、政治への不信、社会への不満を解消しようとした。そして市民が娯楽に耽った結果、ローマ市民が蛮族と蔑視していたゲルマン民族により、帝国は短期で崩壊した。衰退の原因はサーカスであった、と月尾氏は強調する。

  月尾氏にすれば、現在のサーカスがテレビ放送なのである。月尾氏はTBSの番組審議委員でもあり、いくつもの番組を視聴して批評している。そして、レベルの低さに驚嘆する。背景となる知識のない芸人が社会を評論する番組、占師の独断と偏見に満ちたご託宣に若者が感嘆する番組、学者が世間に迎合するためだけの意見を開陳する番組など。

  さらにテレビの問題は、何事も画像で表現しようとすることだ。人間の重要な能力は物事を抽象し、言葉で表現し文字で記録することである。しかし、テレビは最初に画像ありきで、一字一句までをも画像で表現しようとする。このため日本人は現実を抽象する能力と、言葉から現実を想像する能力を急速に喪失しつつある。最近の若者の短絡した行動は、この能力の喪失と無縁ではない、と。

  50年ほど前、ジャーナリストで批評家だった大宅壮一が喝破した「一億総白痴化」は着実に進行している、と言うのだ。

 ⇒26日(火)朝・金沢の天気  くもり

☆ブック2006「リアルな虚栄」

☆ブック2006「リアルな虚栄」

 今年読んだ本の中で、印象深い本と言えば、アメリカ史上最大の合併といわれ、ウォールストリート最大の失敗に終わったAOLとタイムワーナー社との合併劇の結末を描いたルポルタージュ「虚妄の帝国の終焉」(アレック・クライン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン社刊)と、1990年代のボスニア紛争でうごめいた情報操作の一部始終を描いた「ドキュメント戦争広告代理店」(高木徹著、講談社文庫)だ。とくに「虚妄の帝国の終焉」は2度読んだ。

  一度目は茶の蛍光ペンで気になるセンテンスをマークした。二度目はピンクの蛍光ペンで印をつけた。どこに反復して読む価値があるのか。この合併劇の失敗は「放送と通信の融合の失敗の事例」と日本でも喧伝されていた。果たしてそうなのかと検証したかったからである。単にルポルタージュを楽しみながら読むというより、今後日本でも十分起こりうる放送と通信・インターネット企業の合併という展開を分析したかったからだ。

  精緻な資料分析とインタビューを構成した「虚妄の帝国の終焉」は、CNNなどを擁しメディア帝国と呼ばれたタイムワーナーが企業風土も違う新興のAOLとの合併を決意したものの、最終的にはAOL側の粉飾決算などで、そのシナジー(相乗効果)が十分に発揮されないまま、AOLがタイムワーナーの一部門に降格していく様を描いている。アメリカンドリームの面白さと企業ドキュメントのリアルさが蛍光ペンを2度走らせることになったのである。

  もう一冊の「戦争広告代理店」もアメリカのネタである。NHKの取材ディレクターが丹念に取材したドキュメンタリー番組をその後に加筆してまとめ上げたもの。ボスニア紛争で「モスレム人=被害者」、「セルビア人=加害者」という分かりやすい善玉・悪玉論を情報操作したアメリカのPR会社「ルーダー・フィン」社のジム・ハーフという男の動きに焦点をあてている。どのような手法で世論を形成し、アメリカ大統領をどのように動かし、紛争に介入させたか…。そのキーワードとなった「民族浄化(エスニック・クレンジング)」という言葉がどう使われたのか、克明に描かれている。

  ジム・ハーフが駆使したPR手法の数々は高度なテクニックではあるものの、なかには企業の広報マンも使えそうな細やかな対人折衝の心得のようなものもある。「インタビューする主役に最大限に注目が集まるように、黒子(PR担当マン)は息を殺してその存在感を消す」といったプロの所作である。この本が単行本として世に出た2002年に講談社ノンフィクション賞などを受賞している。

  2冊ともダイナミックな政治と経済がテーマである。アメリカンドームと紛争。受け止めようによってはアメリカのリアルな虚栄とも表現できる。

⇒25日(月)夜・金沢の天気   はれ

★マイ・アングル2006「救いを」

★マイ・アングル2006「救いを」

 今年も残すところあと1週間。振り返ってみると、思い出深い1年ではあった。去年のいまごろは、指揮者・岩城宏之さんのベートーベン全交響曲コンサート(東京芸術劇場)をインターネット中継(05年12月31日~06年1月1日)するための準備で右往左往していた。

  ネット配信を無事終え、その2週間後にイタリアのフィレンツェに調査のため渡航した。しかも、渡航前日の成田でパスポートを金沢の自宅に置き忘れたことに気がつき、フライト当日の朝、家人に送ってもらったパスポートを羽田空港に取りに行くというハプニングも。そんなあわただしい1年のスタートだった。

  その後の仕事と生活のキーワードは「雪だるままつり」「フォーリンプレスツアー」「テレビ番組『われら里山大家族』」「長崎」「社会人大学院フォーラム」「南極教室」「三井物産環境基金」「ニュージーランド」「大学コンソーシアム石川シティカレッジ」「能登半島 里山里海自然学校」「マツタケ」「E-コマース」「エル・ネット番組」…と続く。

  その傍らにはノートPCとデジカメと携帯電話が常にあった。写真を整理すると、そのフォルダが70余り。それらの写真をもとに今年書いたブログは2つのブログサイトを合計して200余りとなった。

  今年の写真の中で印象に残った一枚はというとイタリアでのこと。国立フィレンツェ修復研究所を訪れた。世界でトップクラスの修復のプロたちが集う研究所である。許可を得て撮影をさせてもらった。修復士たちが傷んだ聖像を囲んで打ち合わせしている。ベッドに横たわり、「病んでいる私を救ってほしい」と訴える患者、その声に耳を傾ける医師、まるで病院のようなその光景に思わずシャッターを切った。日付は06年1月18日である。

⇒23日(土)朝・金沢の天気  くもり

★炭窯の哲人

★炭窯の哲人

  金沢大学には地域おこしのリーダーから教えを請う「里山駐村研究員」という制度がある。北陸3県で活躍する、里山をテーマにした地域おこしのプロたちである。人材がバリエーションに富んでいて、山中塗り木地職人、製材業者、農産加工グループ代表、木竹炭生産、有機農業、山菜・きのこグループ、酪農家、農家レストランの経営者、草木染め作家、天然塩生産者と多士済々だ。中には、道なき道を手探りで歩いて成功を収めた人も多く、人生については一家言を持つ。

   そうした駐村研究員の中で、声が大きくヒゲの風貌が似合うのが炭焼きの安田宏三さん(62)だ。安田さんについては以前、ことし3月6日付「奥能登へ早春行」でも紹介した。その安田さんが先日、私のオフィスがある創立五十周年記念館「角間の里」を訪ねてこられた。その時の話である。

   安田さんは抜群に記憶力がいい。なにしろ転職以前の国鉄時代、同僚400人の名前をすべて覚え、列車ダイヤもおおかた頭に入っていたそうだ。今でも、これまで読んだ本の作者や論文の研究者の名前が日本人であれ外国人であれ、すらすらと出てくるのだ。高校時代は生物部に所属し、動植物の名前を徹底して覚えた。

   山に入り、木を切り、炭窯に向かう毎日。孤独な作業だが、自然とは何か、人間とは何かを自らの来し方行く末に照らし、問いかけ、そして山中の動植物の生態をつぶさに観察する。「木のにおいを嗅ぎ、炎を見つめていると考えるヒントが浮かんでくる」 と。

  茶道で使う高級木炭、「お茶炭」をつくる。ある日、茶人たちの茶話会に招かれ講演した。その席で質問された。「炭焼きの仕事は、夏は何をなさるのですか」と。「夏は動植物たちの営みが盛んな季節。そんな中に人間が入ってろくなことがありません。だから休みます」と答えた。するとある人が驚いたように、「仏教用語でそれを夏安居(げあんご)と言いますが、仏教にお詳しいのですか」と。詳しくもないし、その言葉は聞いたことがなかった。

   安田さんはそのとき気づいた。仏教は頭の中でつくり上げたイマジネーションなどではなく、山の暮らしの中で動植物の観察の中から、自然と人がどう共存するかという知恵のようなものではないか、と。修行僧が山にこもるのも、自然から教えを請うためではないか。

   この話を安田さんから聞いて、夏安居を調べた。「大辞林」(三省堂)によると、インドの夏は雨期で、仏教僧がその間外出すると草木虫などを踏み殺すおそれがあるとして寺などにこもって修行したことに始まる、とある。雨安居(うあんご)とも言う。この3文字になんと生命感があふれていることか。

   安田さんは時折り、自らの炭窯に入り、レンガの状態など調べる。内部は直系2㍍、高さ1.2㍍ほど。狭くても、安田さんにとっては樹木という自然、炎、そして空気が激しく燃焼し炭化する宇宙でもある。その宇宙を眺めながら、ヒゲを撫でてを哲学的な思索にふける。その様子から、私は安田さんを「炭窯の哲人」と名付けた。一度じっくりと時間を割いてもらい、炭窯の壮大な宇宙の話を聞かせていただきたいと思っている。

 ⇒28日(水)夜・金沢の天気  くもり

☆おサルの学校

☆おサルの学校

 愛読している司馬遼太郎の「風塵抄」(中央公論社)の中に「おサルの学校」というタイトルがある。1988年(昭和63年)4月5日付の産経新聞に掲載されたコラムである。日本の霊長類研究の草分けである今西錦司博士が山口県の村崎修二氏と民俗学者の宮本常一氏に「おサルの学校」をつくってほしいと依頼した経緯について記されている。

 その学校は、芸を教える学校ではなく、人間の場合と同様の学校である。村崎修二氏が猿曳き公演と文化講演(5月3日、5日)のため金沢大学を訪れたので、その学校の「理念」についてじっくり伺った。実はその学校はいまでも続いているのである。 

 その学校の生徒たちの寿命は長い。「相棒」と呼ぶ安登夢(あとむ)はオスの15歳、銀が入ったツヤツヤな毛並みをしている。猿まわしの世界の現役では最長老の部類だ。ところが、何とか軍団とか呼ばれるサルたちの寿命は10年そこそことだそうだ。なぜか。人間がエサと罰を与えて、徹底的に調教する。確かにエンターテイメントに耐えうる芸は仕込まれるが、サルにとってはストレスのかたまりとなり、毛並みもかさかさ全身の精気も感じられない。村崎さんの学校に体罰はない。「管理教育」といえば周囲の人に危害を与えないようにコントロールする手綱だけだ。だからストレスが少なく長生きだ。

 村崎氏の芸は「人とサルの呼吸」のようなところがある。安登夢をその気にさせて一気に芸に持ち込む。「鯉の滝登り」のように輪っかを上下2段に重ねて、そこを跳びくぐらせる=写真・上=。あるいは、杖のてっぺんに安登夢を二足立ちさせる。背筋がピンと伸びているので、杖と猿が一本の木のように見える。これは「一本杉」=写真・下=と呼ばれる。ここまでにするには繰り返し仕込む。今回の公演でも、サルをその気にさせるための雰囲気づくりのために観客から繰り返し拍手と声援を求めた。そして芸ができればエサを与えるのではなく「ほめる」。

 よく考えれば、人間の学校も同じである。その雰囲気づくりをいかに醸し出し、自発的に学習に取り組む子どもをいかに育てるか。どうしたら生徒のやる気を引き出すことができるか。これが苦心なのだ。できない生徒ややらない生徒に体罰や言葉の暴力を与えてもストレスとして蓄積され、いつか爆発する。

 村崎氏には調教という発想はない。重んじているのは「同志的結合」だ。だから繰り返すが安登夢に決して体罰は与えたりしない。「粘り強く、あきらめない」。故・今西博士が村崎氏に残した宿題は、人間の2歳ほど知能のニホンザルにはたして教育をほどこすことは可能かという実にスケール感のある話だったのである。

⇒7日(日)夜・金沢の天気  くもり

★猿曳き人生、村崎さん

★猿曳き人生、村崎さん

 「あなたはサルのおかげで人間の大ザルとめぐり会えたんや」。作家の故・司馬遼太郎からこう声をかけられたことがあるそうだ。山口県周防を拠点に活動する「猿舞座(さるまいざ)」の村崎修二さん(58)と2日、あすから始まる金沢大学での猿まわし公演と文化講演の打ち合わせをした折りに出た話だ。

 村崎さんの大道芸はサルを調教して演じるのではなく、「同志的結合」によって共に演じるのだそうだ。だから「観客が見ると相棒のサルが村崎さんを曳き回しているようにも見える」との評もある。相棒のサルとは安登夢(あとむ)、15歳のオスである。村崎さんは「こいつの立ち姿が見事でね、伊勢の猿田彦神社で一本杉という芸(棒の上で立つ)がぴたりと決まって、手を合わせているお年寄りもいたよ」と目を細めた。

 同郷の民俗学者・宮本常一(故人)から猿曳きの再興を促され、日本の霊長類研究の草分けである今西錦司(故人)と出会った。司馬遼太郎が「人間の大ザル」とたとえたのは今西錦司のことである。商業的に短時間で多くの観客に見せる「猿まわし」とは一線を引き、日本の里山をめぐる昔ながらの猿曳きを身上とする。人とサルの共生から生まれた技。そこを今西に見込まれ、嘱望されて京都大学霊長類研究所の客員研究員(1978-88年)に。ここで、河合雅雄氏らさらに多くのサル学研究者と交わった。

 うぐいすの谷渡り、輪くぐり、棒のぼり、コイの滝登り同志的結合で間合いを見ながら演じること90分。玄人うけする芸だ。江戸時代の英一蝶(はなぶさ・いっちょう=1652-1724年)の絵を持っている。「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」を揶揄(やゆ)して、伊豆・三宅島に島流しされたことでも知られる絵師だ。その反骨の絵師が描いた猿まわしの絵には、サルが長い竹ざおの上でカエルに化けて雨乞いをする姿が描かれている。中世、渇水期の里山で雨乞いの儀式にサルを舞わせたのが猿曳き芸能のルーツではないかともいわれる。「その当時の芸を再興してみたい」(村崎さん)と自らのライフワークを語る。

 猿まわしは3日と5日、それぞれ午前11時と午後3時から。金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」で。3日は午後5時30分から同所で「日本の里山と猿曳き芸能」と題する村崎さんの講演がある。入場は無料だが、大道芸だけに投げ銭を用意してほしいと主催者からの要望。それに演じるのがサルだけにイヌの同伴はご遠慮を。安登夢が気が散って演技に集中できないらしい。

⇒2日(火)午後・金沢の天気  くもり