☆3度の飯より「3番」
最近、友人たちとの会話でこんなフレーズを使う。「最近、7対3の割合で7番より3番」「3度の飯より3番かもしれない」。そのややこしい表現は一体なに・・・。
ベートーベンのシンフォニーのこと。ICレコーダーで3番と7番を録音していて、それを通勤のバスの中や、職場での休み時間に聴いている。最初は7番が圧倒的に多かった。ところが最近は3番なのである。7対3の割で3番を聴く聞く回数が多い。休日など一日中、3番を聴いていることがあるので「3度の飯より」と表現したりする。
自分には音楽理論や感性、絶対音感などという「クラシック力」は持ち合わせていない。ただ、脳に心地よさそうだからという理由だけで聴いている。7番はテレビドラマ「のだめカンタービレ」でこれまでクラシックと無縁だった若者の間でも有名になった曲。そして3番はベートーベンがナポレオンを賞賛して作曲したが、皇帝になったのを激怒して題名を変えたというエピソードがある「エロイカ(英雄)」。
ではなぜ7番より3番かというと、おそらく季節と関係している。7番は出だしが少々重い。梅雨の時期、憂うつだった。それに比べ3番は第1楽章の出だしは風のように爽快だ。そして3番は7番より熱くならない。要は、夏向きなのである。
演奏は、岩城宏之さん(故人)が2005年12月31日に東京芸術劇場で指揮した、1番から9番までの生番組(CS放送「スカイ・A」)を私的にダビングしたものだ。当時、私は演奏をインターネットでライブ配信するイベントにかかわっていたので、東京芸術劇場の片隅で岩城さんの指揮をじっと見守っていた。その様子は「自在コラム」で何度か紹介した。
NHK交響楽団のメンバーを中心に、オーケスオトラ・アンサンブル金沢の団員も加わった、おそらくその時点でもっとも意識とレベルの高い演奏家たちで構成された「岩城オーケストラ」だった。なにしろ、弦と打楽器の奏者などは岩城さんと「運命」をともにして、1番から9番の連続演奏に挑戦してみようという、意識とテンションの高い奏者が集まった。だから東京芸術劇場のホールは当時、指揮者も演奏者も聴衆もある種の緊張であふれていた。こんなベートーベン演奏は世界でもそうない。
飽きずに毎日聴くことができるのは、その緊張感をいまでも共有しているからかもしれない。
⇒8日(水)朝・金沢の天気 はれ
つまり、これは自民の自失点だろう。公的年金保険料の納付記録漏れ問題や閣僚の「政治とカネ」に絡む疑惑、失言などを背景に、選挙戦を通じて与党には逆風が目立った。きょうの読売新聞インターネット版で、民主党の支持基盤である連合の高木剛会長が記者会見し、民主の勝因について「政治とカネや閣僚の問題発言など自民党の失点があるので、今回は有権者が民主党に票を入れた」と述べ、民主党の勝利は「敵失」だったと分析した、との記事があった。的を得ているのではないか。
なるほどと思ったのは、石川選挙区(定員1人)の自民選対の責任者がインタビューに応えて話した言葉だった。「東京から吹いてくる得体の知れない風に、地方が右往左往した選挙戦だった」と。公的年金保険料の納付記録漏れ問題や閣僚の「政治とカネ」に絡む疑惑、失言などを背景に、選挙戦を通じて与党には逆風が目立った。
告書を出し、インターネットの選挙利用を促進するよう方向付けをした。そして、04年に公選法の改正案が国会に出されたが、葬り去られてしまう。阻んだのは誰か。地盤(支持団体)、看板(知名度)、鞄(選挙資金)の「3バン」と呼ばれる古いタイプの選挙運動で選挙を勝ち抜いてきた候補者たち。与野党、老若男女を問わず、新しい選挙のやり方に抵抗感がある人たちだ。
揺れが収まり、しばらくして能登半島地震の学術調査でお世話になった、輪島市門前町の岡本紀雄氏から電話があった。「能登の学校の方は大丈夫だったの、珠洲が結構揺れたようだけど…」と。書き物を急いでいたので、テレビの地震速報を見ていなかった。岡本氏は地震にはとても敏感に反応する。何しろ、阪神淡路大地震(震度7)と能登半島地震(震度6強)を体験し、自らを「13.5の男」と称している。
の分割払いで貸付けられた。つまりリースされたのである。
鍋(なべ)を枚数でカウントするということを知らなかった。これまで、一つ、二つ数えていたのではないだろうか。先日、ぶらりと訪れた石川県穴水(あなみず)町の「能登中居鋳物館」でそんな小さな発見をした。
生産が盛んで40軒ほどの鋳物師(いもじ)がいたとされる。この周囲には真言宗など寺など9ヵ寺もあり、それだけの寺社を維持する経済力があった。2003年7月に開港した能登空港の事前調査でおびただしい炭焼き窯の跡が周辺にあったことが確認され、当時、ニュースになったことを思い出した。つまり、鋳造に使う炭の生産拠点が近場で形成されていた。そして原料となる砂鉄や褐鉄鉱などが能登一円から産出され、中居に運ばれた。その技術は14世紀、朝廷が南朝(吉野)と北朝(京都)に分かれて対立し南北朝の動乱に巻き込まれた河内鋳物師が移住したともいわれるが定かではない。
地元の人たちが「有線」と言っているシステムがある(※4月30日付「メディアのツボ-51-」参照)。同町にケーブルテレビ(CATV)網はなく、同町で有線放送と言えば、スピーカーが内臓された有線放送電話(地域内の固定電話兼放送設備)のこと。この有線放送電話にはおよそ2900世帯、町の8割の世帯が加入する。
そこで、金沢大学近くにあるPCの修理店に持ち込んだ。店員は、OSを再インストールする必要があるという。そして念のために、ハードディスクがどんな状態かみてもらった。すると、反応がない。コツコツと軽くたたいても反応がない。店員は「やられていますね」と。つまり、壊れている。この一言で頭の中が真っ白になった。ファイルなどのデータは全滅。なかには翌日(21日)と次週28日のメディア論の授業で使うパワーポイントも入っていたのだ。