⇒トピック往来

★黄砂で霞み、移ろう季節

★黄砂で霞み、移ろう季節

  8日に能登半島の七尾市に所要で出かけた。金沢もそうだったが、どんよりと空がかすんでいた。一時雨が降ったが、雨が上がってもどんよりとした土色のかすみが空を覆い、晴れ上がることはなかった=写真=。黄砂がやってきた、と直感した。毎年この季節はかすむのである。ただ、ことしの黄砂は目と鼻に刺激が強いのだ。

  その後、金沢地方気象台は今年初めて金沢市で黄砂を観測したと発表した(9日)。健康への影響が問題視されている微小粒子状物質(PM2・5)の大気中濃度は、石川県内の5観測地点のうち4ヵ所で国の環境基準値を上回った。PM2・5は金沢に隣接する野々市市の観測地点で7日にも、国の基準を超えた1日平均で1立方㍍当たり35.2マイクロ㌘が観測されている。「ただちに健康に影響を及ぼすものではない」と石川県も発表しているが、PM2・5と黄砂がダブルでやってきたので、思いは複雑だ。

  きょう10日は大安の吉日。午後から友人の結婚式がJR金沢駅前のホテルであり、出席する。念のために金沢地方気象台の予報(午前7時58分発表)をチェックすると、「寒冷前線が通過し、冬型の気圧配置となる見込みです。このため、石川県では、雨で昼過ぎから次第に曇りとなるでしょう。また、昼過ぎまで雷を伴う所があるでしょう」と。確かにきょうは朝から強い風雨と、そして黄砂のせいか土色で空はかすんでいる。荒れ模様での結婚式になりそう。こんなお天気でのお祝いのスピーチはだいたい決まっていて、「雨降って、地固まると昔から申しまして…」となる。めでたい。

  金沢の冬は「雪吊り」に始まり、「雪吊り外し」で終わる。北陸の雪は湿気を含んで重い。庭木の枝に雪が積もると折れてしまう。そこで、木の幹に高い竹棒をくくりつけ、てっぺんからパラソル状にわら縄を下して枝に結び、折れないように補強するのだ。ことしの積雪は例年に比べ少ないが、それでも通算20回は雪かきに出ただろうか。例年と違ったのは、しんしんと積もるというパターンではなく、ゲリラ的に積もるという日が多かった。3月に入って、北海道ではきょうも防風雪だそうだ。それにしても、今月2日、北海道湧別町で地吹雪で乗用車が雪にはまり動けなくなった父親(53)が長女(9)をかばい凍死した事故があった。痛ましい。

  今月に入り、近所では「雪吊り外し」が始まっている。植木職人たちが竹棒を外すパタン、パタンという音が聞こえる。さまざまな冬の思い出と出来事を人々の記憶に残し、季節は春へと確実に移ろっている。

⇒10日(日)朝・金沢の天気    風雨

☆ともかく、ネット選挙

☆ともかく、ネット選挙

  インターネットの活用を選挙で解禁する公職選挙法改正案が今の国会でようやく成立しそうだ。随分と待たされたとの感じがする。今回は本当だろうなとの猜疑心もよぎる。これまで、ネット選挙解禁についての論議は何度もありながら、政治の混乱の中で法案は提出されてこなかった。たとえば、2010年の参院選挙の前に、自民、民主、公明の与野党は候補者・政党が選挙期間中にホームページやブログを更新できるとする合意していたのに、である。

  インターネットの活用を選挙で解禁するにあたり、ネックとなっていたのは、現行の公職選挙法は、公示・告示後の選挙期間中は、法律で定められたビラやはがきなどを除き、「文書図画(とが)」を不特定多数に配布することを禁じていたからである。候補者のホームページやツイッターなどソーシャルメディアの発信は、こうした文書図画に相当し、現行では認められていないのだ。

  7日に自民党総務部会で了承された公職選挙法改正案を、報じられたニュースをもとにチェックしてみる。その骨子(ポイント)は5つある。◆電子メールを除き解禁。今夏の参院選から適用、◆メール送信は政党と候補者に限る。アドレス表示を義務づけ、虚偽表示には罰則。送信先の同意が必要で、同意を得た記録を保存する、◆落選運動をする際はアドレス表示を義務づける。虚偽表示には罰則、◆選挙運動用の有料ネット広告は原則禁止、◆選挙後のネットを利用したあいさつ行為を解禁…となる。

  ソーシャルメディアの国内での広がりを背景に、法案では、候補者や政党以外の有権者だれでも、ホームページ(HP)やフェイスブック(FB)、ツイッターを活用した選挙運動ができる(解禁する)。HPなどにはメールアドレスなどの連絡先を明記することを義務づけ、別人を語る、いわゆる「なりすまし」を防ぐ。ただし、メールを送信する選挙運動は、なりすまし対策が難しいために政党と候補者に限定される。さらに、政党と候補者は送信先の同意が必要で、たとえば、メールマガジンを購読者に送る場合は、送信することを事前に通知して拒否されないことを条件としている。さらに、規定に違反したり第三者がメール送信をした場合は、2年以下の禁錮か50万円以下の罰金を科し、公民権停止の対象となる。

  今回の改正案で面白いのは、候補者を当選させないための「落選運動」も事実上認めていることである。たとえば、選挙期間中(公示・告示から選挙当日)に「あの人の街頭演説はヘタだった」と有権者がFBで書くのは自由だ。ただ、アドレスや氏名の明記を義務づけ、罰則も定めた。アドレスの表示義務を果たしていないHPなどは、プロバイダー(接続事業者)が、中傷を受けた候補者らからの削除要求に応じるが、賠償責任までは負わないという免責も規定されている。

  有権者にとって、メールで知人に特定の候補者の投票を呼びかけたりはできないので、解禁とは言いながらも物足りなさも感じる。今回の改正案では、「なりすまし」メールを過度に恐れている節も見受けられ、もどかしい。が、まずはネット選挙をスタートさせることだ。

⇒9日(土)朝・金沢の天気   はれ

★その舞台裏はさぞ…

★その舞台裏はさぞ…

  全国的には大きなニュースになってはいないのだが、金沢ではあるニュースが話題を呼んでいる。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の指揮者で、音楽監督の井上道義氏が北朝鮮の国立交響楽団の招待を受け、現在訪朝している。8日には、ベートーベンのシンフォニー第9番のタクトを振るというのだ。

  これに関して、現地で共同通信の記者のインタビューを受けた井上氏は「政治的に解決できないことが(両国間で)あるとしたら、僕らみたいなのが穴をあけ、互いの疎通を図ることが必要だ」「第九は平和を望む内容の曲。(演目として)僕から持ちかけ(北朝鮮側が)すんなり乗ってくれた」「音楽だけでなく、できることがある人は何とかつながりを持ち、この国にいろいろな情報を入れてあげないといけない」と話した(8日付・北陸中日新聞)。

  井上氏の訪朝は石川県議会2月定例会(7日、一般質問)でも取り上げられた。自民党の議員が「芸術家であっても北朝鮮に対する厳しい目に気付くべきだ」と。芸術家はそれ(訪朝)を「使命」と言い、議員はそれを「甘え」と言い、この話は結論が出ない。
  

  その北朝鮮は政治の舞台では暴走している。国連安全保障理事会の制裁決議が採択(7日)を受け、北朝鮮側はきょう8日、1953年の朝鮮戦争休戦協定を破棄し、南北直通電話も遮断すると、テレビ画面でアナウンサーが声高にぶち上げた。「停戦白紙化」「ワシントンを火の海にする」など、アメリカの韓国の合同軍事演習を意識して挑発的なアナウンスメントを繰り返している。

  まさに瀬戸際外交だが、その裏で、金正恩第1書記は平壌の競技場で北朝鮮とアメリカ人の選手が参加したバスケットボールの試合を、NBAの元スター選手デニス・ロッドマン氏とともに観戦(2月28日)、「バスケ外交」を展開している。

  井上氏の第九演奏の指揮もその政治的な外交演出の一つなのだろう。いわば芸術の政治利用と言ってよい。その視点で見れば、井上氏の訪朝は果たして是だったのか…。硬軟織り交ぜた北朝鮮の「仕掛け」には驚嘆する。それにしても、北朝鮮の国立交響楽団による「第九」の演奏が今回初演というのだから、その舞台裏はさぞ…。

⇒8日(金)夜・金沢の天気  はれ

☆福島から-下-

☆福島から-下-

  2月25日に福島市で開かれた三井物産環境基金交流会シンポジウムは、除染と復興、放射能と人の心情、安心と安全のパーセプションギャップなど問題が凝縮されていて、迫力のある内容だった。パネル討論が終わり、さらに分科会=写真=に出席した。テーマは「除染と健康、放射能と対峙するには」。放射能の土壌や健康への影響、そして除染の状況、今後の課題について、鈴木元・国際医療福祉大学教授、野中昌法教授が専門家の立場から口火を切った。

      放射線リスクは「安全のお墨付き」より「値ごろ感」

     鈴木教授の専門は放射線病理、放射線疫学。最初に「低線量遷延被ばく、内部被ばくの健康リスクとどう付き合うか」と題して話した。「遷延被ばく」とは、福島第一原発の事故のように、環境中にばらまかれた放射性降下物からのゆっくりとした被ばくのこと。「内部被ばく」は放射性物質が含まれている飲み物や食べ物、空気体内に摂取したり吸ったりすることで起きる被ばくのこと。鈴木教授は、放射線リスクは「ある」「ない」で論じられるが、この世にゼロリスクはない。「リスクは低ければ低いほどよい」と一般的に認識されるているが、低めるに当たり失うものを考慮しないと、誤った価値判断に陥る。「低線量被ばく、内部被ばくは、急性被ばく(たとえば原爆による被ばく)よりリスクが何百倍も高い」との話が広まっているが、これを裏付ける疫学的なデータはない、と述べた。以上の点から、専門家としては「安全のお墨付き」というものを与えることはできないが、放射線リスクの「値ごろ感」というものを伝えることができる。そのために、「個々人、あるいは地域のみなさんに『受容レベル』を価値判断するための材料を提供できる」と慎重な言い回しで語った。

  いくつかの事例が紹介された。原爆による人体への影響を調査している放射線影響研究所(広島市)による「原爆被爆生存者調査結果」によると、肺がんや消化器がんなどの固形がんは、被爆後15年ごろから増え始め、現在も続いている。被ばく線量とがんのリスクについてはこのようなデータがある。日本人男性ががんで死亡する確率は30%とされる、10歳の男の子が100ミリ・シーベルトの急性被ばくをしたとすると、30%だった生涯のがん死亡確率が32.1%、つまりプラス2.1%になる。女の子だと、20%だったのが22.2%になる。被曝量が10ミリ・シーベルトだと、その10分の1に減り、男の子は30%が30.2%、女の子は20%が20.2%になる。50歳の男性と10歳の男の子を比べると、7倍ぐらいの差になり、子供のほうがリスクが高いという評価が出ている。つまり、リスクを考えていくとき、どんなに小さい線量になっても、線量に応じてリスクは残ると考ええていると鈴木教授は述べた。

  福島に関連して以下言及した。放射性セシウムのセシウム134、セシウム137は、それぞれの半減期が2年、30年と長いため、環境中に長くとどまる。ただ、雨風によりセシウムが表土から流出するので、実際の環境中から半減する期間は、30年よりはずっと短くなること。そのセシウムは体に入ると、カリウムと同じような動きをし、消化管から吸収され、細胞に取り込まれる。代謝によって排せつされる。尿中に90%ほどが排泄され、大人だと100日で半分が排泄される。子供の場合は早くて、2週から3週で半分が排泄されることがわかっている。

  海外の事例が紹介示された。インドのケララ地方は、モナザイトという岩石から放射線が出て、高いガンマ線による被ばくがある地区。年間平均4ミリ・シーベルトぐらいで、多い人では1年間に70ミリ・シーベルトを被ばくする。ところが疫学調査が進められているが、ガンのリスクの上昇は認められていない。10年目の途中経過の報告なので、今後の報告が待たれる。

  「悲しい現実」として紹介されたのが、チェルノブイリ事故後の精神健康に対する影響。旧ソ連では自殺が増加し、心因性疾患が増加したと報告されている。また、旧ソ連だけではなくて、ヨーロッパ各国で堕胎が増加したという報告(一説にポーランドだけで40万人)がある。放射線に対する過剰な不安が、国民を不合理な行動に走らせ、そして堕胎という生命損失を招いた。福島でそのようなことがないように情報を提供していきたい、と。

  最後にキーワードは「リスクの認知と受容」だと述べた。年間5ミリ・シーベルトの被曝による健康への影響は、10歳の子供が生涯にがんで死亡するリスクが最大で0.1%上昇するといった大きさ。国際放射線防護委員会(ICRP)は、低線量の遷延被曝の場合、リスクは半分になると言っており、0.05%ということになる。そうなると、生涯がん死亡リスクは、10歳の男の子で、30%が30.05%になる、リスク上昇はそのくらい、と。むしろ、低線量被ばくのリスクを恐れて、園児に外遊びさせないということになれば、肥満によるガンのリスクが高まる。野菜不足も栄養面でマイナスだ。家にこもることも、心の健康を害したり、家族やコミュニティの崩壊を招く。リスクを自分なりに整理して、それをコントロールする知恵を身に付けてほしい。それが、環境中の放射線レベルを低減しながら、生活を守るということだ。あわてずに、計画的に生きよう、と。

  土壌学が専門の野中教授は「福島の90%の農地は除染が必要ないと考える」と述べた。大切なのは、農家が自分の田畑の土壌を「測定すること」の重要性、そして直売所で農産物の放射線測定をして「消費者に伝えること」が大切だ、と。これ以上田畑を汚染させないために、稲わら、落ち葉などを入れて腐植土をつくり、作物への吸収を減じることが可能だと述べた。そして「何百年と引き継がれた肥沃な土づくりを、除染で表層土壌を取り除いたり、深耕したり、天地返しで20㌢より深い土壌と入れ替えることは、農業者が農業を続けられなくすることに等しい」と強調した。

  野中教授は「除染よりむしろ大切なのは、事故前より、より良い農業・農村づくりを目指すことだ。それは可能であり、放射能を測って農村を守ること」と話し、「Man has lost the capacity to foresee and to forestall. He’ll end by destroying earth.(未来を見る目を失い現実に先んずるすべを忘れた人間。その行く先は自然の破壊だ)」と、医療と伝道に生きたアルベルト・シュヴァイツァーの言葉を引用して、会場を訪れた農業者を励ました。

⇒1日(金)朝・金沢の天気    はれ

★福島から-中-

★福島から-中-

  三井物産環境基金の交流会シンポジウムで、緊急地震速報のアラームが携帯電話に一斉に鳴り響いたのは午後4時24分08秒だった。キューキューという鈍いアラーム音だ。会場が騒然となった。「栃木で地震が発生」とある。まもなく、シンポジウム会場の「ラコッセふくしま」4階ホールでも軽い揺れを感じた。日光市では震度5強の地震だった。

     安心と安全のパーセプションギャップ

  この地震速報の前後でパネルディカッションが熱気を帯びていた。そのキーワードは「徐前の費用対効果」だった。飯館村村長の菅野典雄氏は、放射能で汚染された土壌の改良、つまり除染に関しては、国家プロジェクトでやってほしいと述べた。つまり、避難している村民が戻ってきて、仕事や生活ができるような環境は、除染が大前提である、と。費用3200億円(20年間)をかけて除染を急いでいる。「放射能とは長い戦いになる。しかし、除染をすれば数値は下がる。これ(除染)をやらなければ避難している村民に戻ろうと言えない」、「それを『費用対効果』で語る政治家がいるのは残念だ」と述べた。

  さらに、村長は「このままでは勤労意欲の問題にもかかわる。村に戻って農産物などモノづくりを始めなければ」と。モノは売れないかもしれないが、「つくれる」ことが人の気持ちを前向きにさせる、と。「除染・帰村」が村長の方針だ。

  これに対し、放射線病理や放射能疫学が専門の鈴木元・国際医療福祉大学教授は、「除染に関してはグランドデザインやプランが必要」と述べた。除染の暫定基準値は「仮」の数字で科学的ではない。「不安をあおっただけではないか。何も全域除染する必要はないのではないか」と。「元に戻る」ことは、元の生産活動形態を戻すことでなくてもよいのではないか、と。その一例として、チェルノブイリでジャガイモやナタネが生産されている。これは食料を生産するのではなく、セシウムを除いてエタノール、つまりバイオエタノールを生産するすために栽培されている事例を上げた。村に必要なのはこうした、再生のための産業デザインであって、「除染ありきではないのではないか」と提案したのだ。冒頭のアラームはこのときに鳴り響いたのである。

  また、鈴木教授は、「安心と安全のパーセプションギャップ(perception gap)が起きている」と強調した。リスクの受け止め方は人によって異なる。原発事故で、科学的に安全であっても、安心ではないという認識のずれが起きているいう。その安心を優先させるために膨大なコストをかける必要があるのか、との問いである。

  村長の言葉も印象的だった。「(原発事故で)故郷を追われて出た者の気持ちとして、すくなくとも全部除染してほしい。住民同士が寄り添う気持ちはこうした環境から生まれる」

⇒26日(火)朝・福島市の天気  はれ

☆福島から-上-

☆福島から-上-

  福島市に来ている。積雪はJR福島駅周辺で25㌢ほどだろうか=写真=。新聞やテレビのニュースを見ていると、地吹雪や視界不良で磐越自動車道が一時交通止めになったり、山形新幹線が一時立ち往生、南会津町でスキー大会が中止、きょう25日の国公立大学2次試験で会津大学の試験時間を2時間繰り下げたと報じている。

       飯館村村長の「までいライフ」

  福島を訪れたのは、三井物産環境基金で助成を受けた団体の交流会に参加するためだ。金沢大学は2006年から3年間「能登半島 里山里海自然学校」事業、2009年から3年間「能登半島における持続可能な地域発展を目指す里山里海アクティビティの創出」事業で支援を受けた。この支援で画期的だったのは、能登半島の最先端で廃校となっていた小学校校舎(3階建て)を借り受け、その後も大学の能登における地域人材の養成やフィールド研究(大気観測など)、地域交流の拠点となっていることだ。つまり、三井物産環境基金の助成金が「シードマネー」となり、能登での研究や地域貢献活動が広がったのである。

  交流会のテーマは「民間の力を活かした福島復興を考える」。同基金は2005年から「地球気候変動問題」や「生物多様性および生態系の保全」、「水資源の保全」、「表土の保全・森林の保護」、「水産資源の保護・食糧確保」、「エネルギー問題」、「持続可能な社会の構築」の6分野で研究や活動、復興(2011年度から)の支援を行っていて、きょうの交流会には助成を受けたNPOやNGO、大学などの機関などから100人余りが参加した。

  交流会の基調講演では、飯館村村長の菅野典雄氏が「日本人の忘れもの」と題して、合併しない「自主自立の村づくり」を基本に、小規模自治体の機動力を活かした子育て支援や環境保全活動、定住支援など施策を述べた。そのキーワードは「までいライフ」。「までい」とは「丁寧に、心を込めて、大切に」という意味の方言の「真手(まで)」と「スローライフ」の組み合わせた造語だ。この「までいライフ」を村のモットーとして掲げている。ところが、4期目在任中の2011年3月15日の原子力事故が発生した。福島第一原子力発電所から20km圏外にある福島県内5市町村(飯舘村など3千世帯、1万人)が計画的避難区域に指定され、飯館村民の9割に当たる4000人が村外へ避難し、村役場も福島市へに移転した。村長は講演の締めくくりに、「支援してほしいことは人でも金でもない。『忘れないでください』とだけ言いたい。我々は前に向き進んでいく。それを見守ってほしい」と。

⇒25日(月)夜・福島市の天気   はれ
  

☆七種粥の誤解

☆七種粥の誤解

  2月6日付「唐土の鳥」の続き。金沢市の料亭「大友楼」の主人・大友佐俊さんが加賀藩ゆかりの行事「七種(ななくさ)粥」を実演した。古い料亭の土間での行事なので、周囲の薄暗さが、時代が江戸か明治にタイムスリップしたような感じになった。

  大友さんによると、室町期に書かれ、元旦から大晦日までの宮中行事100余を記した『公事根源』に、「延喜11年(911)」の年に「後院より七種を供す」と記述があり、当時すでに宮中で唐土(中国大陸)からの厄病を運ぶ鳥の退散を期する七草の行事が行われていたようだ。この季節の風習は行事は、徳川期に入っても「若菜節句」と称して幕府の年中行事に取り入れられ、諸大名が将軍家へ登城してお祝いを述べ、将軍以下全員が「七種の粥」を食したようだ。次第に諸大名から武家へ、商家へ、庶民へと広まった。ただ、現在では「七種の粥」が一般の家庭で行われている話は見たことも聞いたこともない。食糧自給や予防医学の発展で、人々の健康体が保てるようになったからかもしれない。あるいは、「唐土の鳥」という迷信の正体が黄砂ではないのかと知れ渡るようになったからではないか、とも推察している。

  ところで、大友楼での「七種の粥」の実演を見せてもらい、後刻、その粥を食した。この粥がなんとも言えない「絶品」なのである。粥の味付け、米のふっくら感、七草の刻みと歯触りが何とも言えず上品で旨い。そして、粥というものに対する偏見、あるいは誤解が吹き飛んだ。今回初めて「粥は料理だ」と気がついた。

  その粥を、大友楼では輪島塗のさじ(スプーン)で食する。輪島塗が唇と舌に触れるときの滑らかか触りはこれ自体が味になっているから不思議だ。参加者が絶賛する。「お粥さんと輪島塗がこんなに合うとは…」と。かつて、こんな話を聞いたことがある。赤ちゃんが食事をミルクから離乳食へ切り替える際のエピソードで、金属製のスプーンではどうしても受け付けなかったが、輪島塗の小さなスプーンを使用したら赤ちゃんが受け入れてくれたというのである。その赤ちゃんの気持ちが分かるくらいに、粥とマッチしているのである。料理と食器のまさにアリアージュ(適合)ということか。

  これまで何度も粥を食した。小さいころ、腹痛を起こした時で、母親に食べさせてもらった記憶がある。長じて、宴席の締めで粥を食したこともある。粥は胃袋にやさしい、補助食というイメージが強かった。この偏見、ないし誤解が粥というものを「あれば料理ではない」と脳裏にすりこんでしまったのだろう。自身の人生で初めて、お粥というものの本来の料理としての「食い初め」となった。少々大袈裟か…。

※写真は、大友楼の七種粥と輪島塗のさじ

⇒9日(土)朝・金沢の天気   ゆき

★「唐土の鳥」

★「唐土の鳥」

 あす7日は旧暦に1月7日、七草粥の行事が各地で行われる。先日、「シニア短期留学in金沢」というスタディ・ツアーに同行し、金沢市の大友楼という老舗料亭で行われた加賀藩ゆかりの行事「七種(ななくさ)粥」を見学した。

 七草は、大友楼ではセリ(野ぜり)、ナズナ(バチグサ、ペンペン草)、五行=御行(ハハコグサ)、ハコベラ(あきしらげ)、仏の座(オオバコ)、すず菜(蕪)、スズシロ(大根)のこと。これを台所の七つ道具でたたき=写真=、音を立てて病魔をはらう行事で、3代藩主利常の時代から明治期まで行われたという。面白いのは、たたくときの掛け声だ。「ナンナン、、七草、なずな、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先にかち合せてボートボトノー」と。つまり、旧暦正月6日の晩から7日の朝にかけて唐の国(中国)から海を渡って日本へ悪い病気の種を抱えた鳥が飛んで来て、空から悪疫のもとを降らすというので、この鳥が我家の上に来ない様にとの願いが込められている。「平安時代からの行事とされる」と、藩主の御膳所を代々勤めた大友家の7代目の大友佐俊さんは言う。

 おそらく、病魔をもたらす「唐土の鳥」とは、黄砂のことではなかったか。現代で解釈すれば、まさに今問題となっている中国の大気汚染だ。石炭火力発電所に先進国では当たり前の脱硫装置をつけるが、中国では発電施設の増強が優先され設置が遅れている。だが、それより発電施設の増強が優先される、その結果、大都市やその周辺では、空も河川も汚染にむしばまれている。特に大気汚染が深刻なのは、北京市や河北省、山東省、天津市などで、肺がんやぜんそくなどを引き起こす微小粒子状物質「PM2・5」の大気中濃度が高まっているようだ。

 その大気汚染が偏西風に乗って日本にやってきた。金沢でも車を外に置いてくとフロントガラスがうっすらとチリが積もったようになる。「ナンナン、、七草、なずな、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先にかち合せてボートボト」と言いたい。ちなみに、「かち合せてボートボト」と言うのは、金沢の方言で「鳥同士を鉢合わせでドンドンと落とせ」という意味だ。

⇒6日(水)朝・金沢の天気    くもり

☆メディアの信頼度

☆メディアの信頼度

  きょう(5日)のコラムの内容は、新聞やテレビでは大々的に報じられていない話だ。扱ったとしても、新聞各社はとも控えめに、紙面の片隅に掲載されていた。「メディアに関する全国世論調査(2012年)」の記事だ。公益財団法人「新聞通信調査会」が毎年行っている調査。昨年11月24日に公表された調査結果(調査は9月)によると、メディアの情報を「全面的に信頼している」場合を100 点、「普通」50 点。「全く信頼をしていない」は0 点、として点数をつけてもらったところ、平均点が最も高かったのは「NHK テレビ」で70.1 点、次いで「新聞」が68.9 点、「民放テレビ」が60.3 点となっている。新聞は初めて70点を割り込んだ。

  前年(2011)に比べNHKは4.2点、新聞3.1点、民放テレビは3.5点それぞれ下げたことになる。新聞、テレビ、ラジオ、インターネットの情報信頼度が、いずれも調査を始めた2008年以来最低となった。気になるのはメディアとしてのインターネットは53.3点取っている。ラジオは58.6点なので、その差は5点。民放テレビとも7点差だ。年代別の結果で、20代、30代ではインターネットとラジオ・テレビの差がさらに縮まる。これは、テレビ・ラジオの経営者としてはショックだろう。「信頼度がインターネットとそれほど変わらないのであれば、われわれの存在価値はどこにあるのか」などと自問せざるを得ない。

  新聞にしても然りだ。百数十年の歴史を有し、報道の王道を歩んできた新聞各社が、60年のNHKの後塵を拝している。ただ、調査項目で「情報源として欠かせない」「情報が役立つ」「情報量が多い」の3つでは、新聞がNHKや民放テレビを上回っている。

  調査では、新聞離れ、テレビ離れが進んでいることも裏付けている。新聞の朝刊や夕刊を読む人は3.9点減少の79.2%で、初めて80%を切った。朝刊を読む人は70代以上を除く全ての年代で減っている。電子新聞の利用は前年より3.6点増の5.2%の増えている。新聞離れというより「紙離れ」なのかもしれない。「インターネットニュースを見るサイトは?」の問いでは、ポータルサイトが85%、新聞社の公式サイトは26%だった。

  今回初めての調査項目として原発関連があった。「原子力発電に関する新聞の報道は?」の項目で、「政府や官公庁、電力会社が発表した情報をそのまま報道していた」の問いで「そう思う」63%を占めた。逆に、「いろいろな立場の専門家の意見を比較できた」の問いで、「そう思わない」が47.6%を占めた。読者の率直な視線だろう。新聞と原発の在り様が問われいてる。

 調査内容は30項目。調査は18歳以上の5000人を対象に実施し、3404人(68.1%)から回答があった。調査方法は訪問留置法(調査員が対象者を訪問して調査票を渡し、後日再訪して記入済みの調査票を回収)。

⇒5日(土)夜・金沢の天気   はれ

★能登の「田の神」とイフガオの「ブルル」

★能登の「田の神」とイフガオの「ブルル」

   ユネスコ無形文化遺産に登録されている「奥能登のあえのこと」は、田の神をもてなす農耕儀礼として知られている。毎年12月5日、その家の主(あるじ)は田んぼに神様を迎えに行く。あたかもそこに神がいるがごとく身振り手振りで迎え、自宅に招き入れる。お風呂に入ってもらい、座敷でご馳走でもてなす。田の神は目が不自由であるとの設定になっていて、ホスピタリティ(もてなし)が行き届く丁寧な所作が特徴だ。もてなし方は土蔵で執り行うパターンなど、その家々によって流儀が異なる。田の神に恵みに感謝し、1年の疲れを癒してもらうコンセプトは同じだ。

  昨年1月に訪れたフィリピン・ルソン島のイフガオ棚田にも田の神ブルル(Bulul)が祀られている。イフガオ族の人々に稲作を教えたのがブルルとの言い伝えがある。木彫りのブルルが田の畦(あぜ)に置かれ、米づくりをするイフガオの人々と稲の実りを見守っている。能登でもイフガオでも、稲作は神からの授かりものという概念に、モンスーンアジアにおける文化の共通性を感じる。

 能登の里山里海とイフガオ棚田はともに国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS)に認定されている。世界に12あるGIAHSサイトの関係者が集っての国際フォーラムがことし5月下旬、能登半島で開催される。隔年開催の同フォーラムはこれまでローマ、ブエノスアイレス、北京で開かれている。フォーラムの開催にあたっては、昨年5月、石川県の谷本正憲知事がローマにあるFAO本部にグラジアノ・ダ・シルバ事務局長を訪ね、石川県での開催を提案し、受け入れられた。いわば、国際会議のトップセールスだった。ちなみに、前回(2011年6月)のフォーラムは、FAOと中国科学アカデミーなどが共同で北京で開催した。

 GIAHS国際フォーラムの目的は、各国のGIAHSサイトが国際的なパートナーシップを確認するとともに、それぞれのサイトが有する独自の伝統的な農業システムや農業の生物多様性や文化を互いに学ぶことにある。これによって、「小規模、先住民、地域社会」の単なる遺産として忘れ去られがちな独自の伝統的な農業システムが、歴史で磨かれた人類の知識と経験を国際的に意見交換するというグローバルな意義づけを持つことになる。

 もう一つ、この国際フォーラムでは、FAOが新たなGIAHSサイトを認定する。報道によると、800年の伝統を有する静岡の茶生産の伝統農法「茶草場」の認定に向けて、掛川市など5市町がFAO日本事務所(横浜市)に申請書を提出した(2012年12月29日付・中日新聞ホームページ)。また、中国では、雲南省の「プーアル茶」産地が認定に向けて動いている(2012年9月、浙工省紹興市で開催されたGIAHS国際ワークショップで中国側発表)。日本と中国の茶どころのほか、スペインのイベリコ豚の産地も希望している(2011年6月、北京国際フォーラムでの報告)。

 伝統的な農産品ブランドがGIAHSの仲間入りを目指す能登での国際フォーラムは国内外で注目を集めそうだ。冒頭で述べた、能登の農耕儀礼「あえのこと」とイフガオ棚田のブルルをテーマに文化交流や研究が進むことで、これまでと違った視点の文化価値が生まれることにもなる。そして能登地域にとっても、フォーラムを通じた国際発信という意味ではまたとないチャンスが巡ってきたといえる。

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