⇒トピック往来

★イフガオ再訪‐1

★イフガオ再訪‐1

  フィリピンのルソン島にあるイフガオに長らく活動した経験ある日本人男性から、こんなことを聞いた。「イフガオ棚田では、男が田んぼをつくり、女が米をつくるんですよ」と。日本では「田んぼ」は土づくりから、稲作までの一貫作業だと思っていたが、イフガオ現地ではどうやらもそうではないらしい。男女分業のように聞こえる。

              イフガオと能登の類似点、

  そのイフガオへ、きょう(25日)出発する。小松空港から成田へ、成田からマニラへ。10時間ほどの旅だ。「人生七掛け、地球八分の一」とはよく言ったものだ。これまで、8日間かけて行った世界各地が1日で行けるようになった。イフガオは昨年1月に世界農業遺産(GIAHS)の視察を兼ねて現地でワークショップ(金沢大学里山里海プロジェクト主催)を開催したので1年11ヵ月ぶりとなる。現地の壮観な棚田の風景もさることながら、青ばなを垂らした子どもたちもどこか昔の自分を見ているようで懐かしい。再訪を楽しみにしている

  ではなぜ再びイフガオの棚田なのか。イフガオの棚田は、国連食糧農業機関(FAO)により世界農業遺産に認定されているが、近年、若者の農業離れや都市部への流出により、耕作放棄地の増加が懸念される。実に4分の1が耕作放棄地になりつつあるとの指摘もある。ほか、地域の生活・文化を守り、継承していく若者も減っている。また、棚田が崩れることもままある。そのために、国際協力機構(JICA)や世界のNGOが懸命になって、地域を支援している。ただ、土地には土地の人の考えがあり、そう簡単ではない。

  実は、同様の課題を有しているのが、能登半島だ。担い手が減り、田んぼを始め、山林や畑、地域の祭り文化も後継者がいないというところが目立っている。若者たちにもう一度地域の価値を理解してもらい、地域をどのように活用すればよいか、そのようなことを考え、実践する人材を育てている。金沢大学が地域の自治体とともに取り組んでいる、「能登里山里海マイスター」育成プログラムがそれだ。

  フィリピン大学の教授たちから、能登の人材養成を取り組みをぜひイフガオで活かしたいとのオファーが金沢大学里山里海プロジェクト代表の中村浩二教授にあり、どうノウハウを移転すればよいか、JICA北陸や同じ青果農業遺産の佐渡の人たちと連携を進めている。今回の再訪はその手順を踏むためのものだ。これが、世界農業遺産の理念の普及を通じた国際交流・支援を実施になればよい。また、能登の若者たちがイフガオとの交流を通じて、国際的な視点を持ちながら地域の課題解決に取り組むグローカル(グローバル+ローカル)な人材の育成にもつなげていければといろいろと思いを巡らせながら、これから出発する。

⇒25日(月)午前・金沢の天気   くもり

  

☆「ゴッツオ」再考

☆「ゴッツオ」再考

 この12月にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に「和食文化」が登録されそうだ。報道によると、文化庁はユネスコの無形文化遺産に推薦していた和食について、事前審査をするユネスコの補助機関が新規登録を求める記載の勧告をしたと発表した。補助機関が記載を勧告して覆った例はなく、12月上旬にアゼルバイジャンで開催かれる政府間委員会で正式に登録が決まる見通しという。

 ユネスコの無形文化遺産は、芸能や祭り、伝統工芸技術などを対象としていて、遺跡や自然が対象の世界遺産、文書や絵画などが対象の世界記憶遺産とともに「ユネスコの3大遺産事業」と称される。国内からは昨年までに21件が登録され、能登半島の農耕儀礼「あえのこと」(2009年登録)もその一つ。世界の食文化では「フランスの美食術」「地中海料理」「メキシコの伝統料理」「トルコのケシケキ(麦かゆ食)の伝統」の4件が登録されている。

 政府が和食を無形文化遺産に推薦したポイントとして、日本人の「自然を尊重する」という精神が和食を形づくったとのコンセプトを挙げている。大きく4つ。1つに多様で豊かな食材を新鮮なまま持ち味を活かす調理技術や道具があること、2つ目に主食のご飯を中心に汁ものを添えて魚や肉、豆腐、野菜を組みあわせた栄養バランスに優れたメニュー構成、3つ目に食器に紅葉の葉などのつまものを添えて季節感や自然の美しさを表現している、4つ目が年中行事とのかかわりで、正月のおせち料理や秋の収穫の祭り料理など家族や地域の人の絆(きずな)を強める食文化だ。手短に、ここで言うことのころ「和食」とは高級料亭のメニューではなく、家庭の、あるいは地域の郷土料理、能登で言うゴッツオ(ごちそう)なのである。

 もう7年前、地域資源の発掘の一環として、能登半島で「里山里海自然学校」のプログラムを運営していた折、地元の女性スタッフに協力してもらい、100種類の郷土料理を選び、それぞれレシピを作成した。その手順は①地元で普段食べている古くから伝わる家庭料理を実際に作り写真を撮る②食材や料理にまつわるエピソードや作り方の手順をテキスト化する③写真と文をホームページに入力する④第3者にチェックしてもらい公開する‐という作業を重ねた。簡単そうに思えるが、普段食べているものを文章化するというのは、相当高いモチベーションがなければ続かない。女性スタッフも「将来、地域の子供たちの食育の役に立てば」とレシピづくりに励んだ。それが1年半ほどで当初目標とした100種類を達成し、それなりのデータベースとしてかたちになった。

 郷土料理の100のレシピを今度は実践活動へと展開した。「里山里海自然学校」のプログラムを実施した能登学舎は廃校となった小学校の施設だったので、給食をつくるための調理設備が残っていた。今度はそれを珠洲市に改修してもらい、コミュニティ・レストランをつくろうと地域のNPOのメンバーたちが動き営業にこぎつけた。この土地の方言で「へんざいもん」という言葉がある。漢字で当てると「辺採物」。自宅の周囲でつくった畑でつくった野菜などを指す。「これ、へんざいもんですけど食べてくだいね」と私自身、自然学校の近所の人たちから差し入れにあずかることがある。このへんざいもんこそ、生産者の顔が見える安心安全な食材である。地元では「そーめんかぼちゃ」と呼ぶ金糸瓜(きんしうり)、大納言小豆など、それこそ地域ブランド野菜と呼ぶにふさわしい。そんな食材の数々を持ち寄って、毎週土曜日のお昼にコミュニティ・レストラン「へんざいもん」は営業する。コミュニティ・レストランを直訳すれば地域交流食堂だが、それこそ郷土料理の専門店なのである。以下は、夏のある日のメニューだ=写真=。

ご飯:「すえひろ舞」(減農薬の米)
ごじる:大豆,ネギ
天ぷら:ナス,ピーマン
イカ飯:アカイカ,もち米
ユウガオのあんかけ:ユウガオ,エビ,花麩
ソウメンカボチャの酢の物:金糸瓜、キュウリ
カジメの煮物:カジメ,油揚げ
フキの煮物:フキ
インゲンのゴマ和え:インゲン

 上記のメニューがワンセットで700円。すべて地域の食材でつくられたもの。郷土料理なので少々解説が必要だ。「ごじる」は汁物のこと。能登では、田の畦(あぜ)に枝豆を植えている農家が多い。大豆を収穫すると、粒のそろった良い大豆はそのまま保存されたり、味噌に加工されたりして、形の悪いもの、小さいものをすり潰して「ごじる」にして食する。カジメとは海藻のツルアラメのこと。海がシケの翌日は海岸に打ち上げられる。これを細く刻んで乾燥させる。能登では油揚げと炊き合わせて精進料理になる。「能登里山里海マイスター」育成プログラムの研究員や、講義を受けにやって来る受講生や地域の人たちで40席ほどの食堂はすぐ満員になる。最近では小学校の児童やお年寄りのグループも訪れるようになった。週1回のコミュニティ・レストランだが、まさに地域交流の場となっている。金沢大学の直営ではなく、地域のNPOに場所貸しをしているだけなのだが、おそらく郷土料理を専門にした「学食」は全国でもここだけと自負している。

⇒23日(水)朝・金沢の天気   はれ

 

★能登ワインの輝き

★能登ワインの輝き

 過日金沢のワインソムリエから誘いを受け、知人を誘ってワインツアーに能登半島に出かけた。「Japan Wine Competition 2013(国産ワインコンクール)」で金賞を受賞したワインが飲めるというので心が動いた。このコンクールは、国産のブドウを100%使用して造られたワインを対象とした日本で唯一のコンクールで11回目の開催。700点近くのワインが出品され、国産ワインの品質は年々向上していると、ソムリエ氏。ツアーは自らが企画主催した。

 訪問先のワイナリーは能登ワイン株式会社(石川県穴水町)。今回の国産ワインコンクール2013では、赤ワイン「2011 クオネスヤマソーヴィニヨン」が金賞を、ロゼワイン「2012 マスカットベリーAロゼ」が銀賞を、赤ワイン「2012 心の雫」が銅賞を受賞した。同ワイナリーが金賞を受賞したのは初めてで、「能登で栽培されるブドウと醸造技術が全国でもトップレベルの高い評価をいただきました」とブドウ畑を案内してくれた社長は終始にこやかだった。

 ブドウ畑ではすでに収穫は終わっていたが、写真で見るヨーロッパのブドウ畑の景観だ。ヨーロッパスタイルの垣根式で約20品種を栽培し、剪(せん)定や収穫は手作業だ。能登は年間2000㍉も雨が降る降雨地でブドウ栽培は適さないと言われているが、適する品種もある。それがヤマソーヴィニヨン。日本に自生する山ブドウと、赤ワイン主要品種カベルネ・ソーヴィニヨンの交配種で、日本の気候に合うブドウ品種として、山梨大学の研究者が開発した。それだけに、ヤマソーヴィニヨンは成長がよく、1本の木で15㌔から20㌔のブドウの実が収穫される。ワイン1本(720ml)つくるには1㌔の実が必要とされるので、実に15本から20本分になる。

 「よき畑によきブドウが実る」と社長が説明した。能登ワイン独特の畑づくりがある。穴水湾で取れたカキの殻を1年間天日干しにしたものを砕いて畑にまく。もともとの能登の地は赤土の酸性土壌なので、カキ殻のアルカリ分が中和し、ミネラルを土壌に補強する。1年間雨ざらしなのでもちろん塩分はほとんど抜けている。参加者が感動するはこうした循環型、あるいは里山と里海の連環型の栽培方法なのだ。ブドウ畑は自社農園をはじめ一帯の契約農家で進められ、栽培面積も年々増え、現在26㌶に及ぶ。

 醸造所を見学した。ここのワインの特徴は、能登に実ったブドウだけを使って、単一品種のワインを造る。簡単に言えば、ブレンドはしない。もう一つ。熱処理をしない「生ワイン」だ。さらに詳しく尋ねると、赤ワインならタンクでの発酵後、目の粗い布で濾過し、樽で熟成する。さらに、瓶詰め前に今度は微細フィルターを通して残った澱(おり)を除く。熱処理するとワインは劣化しないが熟成もしない。熱処理をしない分、まろやかに、あるいは複雑な味わいへと育っていく。もう一つ。能登の土壌で育つブドウはタンニン分が少ない。それをフレンチ・オークやアメリカン・オークの樽で熟成させることでタンニンで補う。するとワインの味わいの一つである渋みが加わる。そのような話を聞くだけでも、「風味」が伝わってくる。

 ツアーのクライマックは能登牛のバーベキューだ。ロース肉と、金賞を受賞した赤ワイン「2011 クオネスヤマソーヴィニヨン」のマリアージュ(ワインと料理の相性)がなんとも言えない至福感だ。雨が多く栽培に不適とされた能登の地で、カキ殻を畑に入れることで土壌の質を高め、国産品種のヤマソーヴィニヨンと出会い、見事に実らせた。栽培を始めて10年の曲折とたゆまぬ努力、この物語こそが感激のテイストなのだ。

⇒11日(金)朝・金沢の天気     はれ

☆新幹線「かがやき」考

☆新幹線「かがやき」考

 「かがやき」と聞いてどのようなイメージを持つだろうか。「未来にかがやく」、「かがやく明日」など夢と創造性をかきたてる言葉の響きと感じる。ただ、人名だと「名前負け」しそうだ。2015年春に開業予定の北陸新幹線について、その列車名が10日、JR西日本と東日本から発表された。

 北陸新幹線の金沢と東京間を最速で走る速達タイプの列車名が「かがやき」、停車駅を多くする停車タイプは「はくたか」、金沢駅と富山駅を結ぶシャトルタイプは「つるぎ」、東京駅と長野駅を往復する長野新幹線タイプは「あさま」と列車名がついた。名称については、事前に公募(5月31日‐6月30日)があり、約14万5千件の応募があった。この結果で一番多かったのは「はくたか」(9083件)で、2位「はくさん」(7323件)、3位「らいちょう」(5408件)だった。

  1位「はくたか」は、立山の開山伝説に登場する白いタカの「白鷹」のこと。「はくさん」は石川、岐阜、福井にまたぐ白山、「らいちょう」は国指定の特別天然記念物のライチョウで、長野、岐阜、富山の県鳥でもある。今回、ベスト3の中で採用されたのは「はくたか」のみ。現在ほくほく線(北越急行)の特急の列車名だが、新幹線の列車名として残ることになった。「はくさん」と「らいちょう」は外れた。公募上位の「はくさん」が漏れたのは、今回採用された「はくたか」と紛らわしい名前を避けたためとする見方もあるが、理由はおそらくこうだ。かつて金沢駅と上野駅を結んだ特急「白山」はあった。が、2015年の新幹線開業時では、白山は沿線から見えないからだろう。そして、「らいちょう」だが、かつての特急「雷鳥」は現在「サンダーバード」として名称変更して北陸本線で運行している。新幹線開業後は金沢駅から東の北陸本線は並行在来線となるので、JR西日本から経営分離される。このため、「サンダーバード」は金沢駅止まりとして運行が継続される。

  それにしても大出世は「かがやき」である。上越新幹線と連絡するため、新潟県の長岡駅と金沢駅を結ぶ特急「かがやき」が1988年に登場。その9年後、1997年にほくほく線が開業し、越後湯沢と北陸方面を結ぶ「はくたか」がデビューしたので引退していた。そこにまさかの北陸新幹線での復活。しかも速達タイプ、まさに優等列車の愛称に「かがやき」が採用されたのである。「かがやき」は公募順位では5位(4123件)だった。4位の「つるぎ」(4906件)を差し置いて躍り出たという感じだ。個人的には東海道新幹線の「ひかり」と並び、「かがやき」はそん色ない。ローカルな山の名称や動植物を感じさせない分、スピード感や透明感、未来性を感じさせる、ある意味でよい名だと思う。

  金沢駅と富山駅を結ぶシャトルタイプの列車名として「つるぎ」も復活した。剣岳をイメージさせる「つるぎ」は1961年に大阪駅と富山駅を結び、その後に新潟駅まで運行区間が延長されたが、1996年廃止となっていた。東京駅と長野駅を往復するシャトルタイプの列車名が「あさま」なので、同じく山の名称をつけたのだろう。

※画像は石川県の新幹線開業に向けたアクションプラン「STEP21」ホームページから

⇒10日(木)夜・金沢の天気  くもり

★加速する北陸新幹線

★加速する北陸新幹線

 当地では北陸新幹線金沢開業(2015年春)にかける期待が大きい。金沢と東京がダイレクトで2時間30分という時間短縮もさることながら、その経済効果である。日本政策投資銀行は「北陸新幹線の開業にともなう石川県、富山県のへの経済波及効果をそれぞれ124億円(石川)、88億円(富山)を試算し、特に観光・ビジネス客が年にして石川32万人、富山21万人増えると予測している。

 そうした希望ある試算が奏功してか、新聞やテレビなどでは連日のように、「おもてなし」のキャンペーンをどう繰り広げるかといったたぐいのニュースが掲載されている。面白いのは、石川県が先月27日、金沢開業のPRのために新たに作ったマスコットキャラクター。その名も「ひゃくまんさん」。加賀百万石にちなんだ名前だそうだ。郷土玩具の「加賀八幡起き上がり」をモチーフに、だるまに手足が生えたようなデザインだ。都内で開くイベントに向け、着ぐるみを現在制作中だとか。伝統工芸の加賀友禅を思わせる図柄に金箔や輪島塗もあしらうそうだが、マスコットキャラクターにしては面白味がない。そもそも、加賀百万石はキャラクターになりにくいイメージだ。そもそも「百万石」の意味すら理解できない人が多いだろう。たとえば、徳川幕府は何万石だと問われて、回答できる人や、1石を説明できる人すら少ないだろう。現代では死語なのだ。そんなものをテーマにマスコットキャラクターにしてどうキャンペーンを展開するのだろうか。むしろ、「けんろくくん」が分かりやすい。

 北陸新幹線の名称に関しては、ずっと論争があった。ながらく「長野新幹線」としていたので、「長野」の名前を残すか検討されていた。JR東日本は「北陸新幹線」とした上で、一部の駅で括弧書きで「長野経由」との表記をつけると発表した。特に東京駅などは「北陸新幹線(長野経由)」と表記する。現在の長野新幹線の名称が定着しており、「長野」の表記をなくすと利用者が混乱する可能性があるため、残すことを決めたらしい。

 運行様式は、東京-金沢間の運行体系は停車駅を少なくして早く目的地に到着する「速達タイプ」、停車駅を多くする「停車タイプ」、東京駅と長野駅を結ぶ「長野新幹線タイプ」、それに金沢駅と富山駅を結ぶ「シャトルタイプ」の4タイプをで運行する。このシャトルタイプは、JR西日本が新幹線開業後に金沢と富山を結ぶ特急を廃止するため、名古屋や大阪から富山に行く場合の利便性を確保したものだ。

 車両名は「つるぎ」「たてやま」が有力だ。北陸新幹線の沿線で実際に見える山の名前だ。最近の記事によると、JR西日本が特許庁に商標として出願している。ただ、審査が続いており、まだ登録されていない。立山(3015㍍)と剣岳(2999㍍)はともに富山県にあり、日本百名山でもある。石川県では白山が有名だが車窓から見えないので、今回は難しい。ただ、北陸新幹線の福井延伸が今後進めば、「はくさん」も浮上してくるのかもしれない。

⇒9日(水)夜・金沢の天気   くもり

★吉か凶かTPPの行方

★吉か凶かTPPの行方

  TPP「聖域」撤廃。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉で、政府・自民党が農業の重要5分野の関税を維持する従来方針から転換したと新聞・テレビディアが一斉に伝えている。これが、今後の日本の政治や政治にどのような影響を及ぼすのか。

  
  自民党の西川公也TPP対策委員長は、TPP交渉が開かれているバリ島で記者団に対し、「聖域」として関税維持を求めてきたコメなど農産物の重要5品目について、関税撤廃できるかどうかを党内で検討することを明らかにしたのだ。自民は前回の衆院選で、「聖域なき関税撤廃を前提にする限り交渉参加に反対」との公約を掲げていた。こうした公約を放棄したともいえる。

  前回の「自在コラム」では、以下記した。「著者は着想はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)とEUを比較して、日本に警鐘を鳴らしている。それは、TPPでは共通の通貨は持たないが、人と金、モノ、サービスの自由な流通を共通理念としている。これはEUと原則的に同じで、アメリカが主導するTPPはそういうことだったのかと気づかされる。」、「TPPでは不都合なところがあれば、今後の交渉で解決すればよいというが日本はドイツ並みに外交交渉が上手かとなるといささか疑問だ。2020年のオリンピック招致ではなんとかうまくやり遂げたが、国際舞台の交渉の場ではどうだろう。メルケル首相のような手腕を安倍首相に期待できるのだろうか。」、「EUの中のドイツと、TPPの中の日本は同じ役回りだとの下りは身につまされる。『ドイツから搾り取れるだけ取ってやれ』と思っている国はEUで多い。表現は露骨だが、「日本からいけだけるものはドンドンといただく」くらに思っている加盟国もいるのではないか、いや国とというもの大抵そうだと思った方がよいのかもしれない。」と。

  TPP交渉は、いわば共通通貨のない「太平洋版EU」を目指すものだ。もともと、そんな交渉だ。したがって、農業分野での関税障壁などもともと念頭にないだろう。おそらく安倍首相もそこを理解していて、オバマ大統領が不在時に一気にTPPの主導権をとったのだ、と解釈した方がよい。うがった見方をすれば、すでにオバマとは連絡をとっていて、アメリカの「不在」を助けたことになる。ここから後には引けない。TPPのリーダーシップをいかに取るか、だろう。安倍政権の正念場だろう。

⇒7日(月)昼・金沢の天気   はれ

☆山荒れて

☆山荒れて

 「国破れて山河あり、城春にして草木深し」はよく知られた、杜甫の詩『春望』の冒頭の句だ。戦い(安禄山の乱)で国は滅亡し、人々の心の拠り所はなくなってしまったが、山や川はそのままで、かつての城下には春が訪れ草木が茂っている、自然の中にわずかに安堵感を見出した、との解釈だろうか。ところが、現代はどうだろうか。「山河破れて国あり」の状態ではないかと思うことがある。

 局地的な豪雨が発生するたびに、全国各地で山の地盤が崩れ、流出土砂が川にたまり、砂防ダムや土砂ダムが決壊し、人里に被害が及ぶ。先月29日、石川県小松市周辺が豪雨に見舞われ、梯(かけはし)川流域の1万8000人に避難指示・勧告が出されたが、治水上の計画高水位ぎりぎりで氾濫寸前でとどまった。まだ記憶に新しいのは2008年7月28日の金沢市の浅野川水害である。集中豪雨で55年ぶりに氾濫が起き、上流の湯涌温泉とその下流、ひがし茶屋街の周囲が被害を受けた。当時、浅野川流域の2万世帯(5万人)に避難指示が出されたのだ。

 自分自身の記憶もまだ鮮明だ。大学への通勤途中で、かつての記者の心が騒ぎ、若松橋から川の流れをのぞいてみた。堤防ぎりぎりにまで水がきて、異様だったのは、根がついたままの木が橋の縁に何本も引っかかっていたことだ。そのとき思ったのは、上流で山林の崩壊が起きているということだった。濁流が運んだのは、洪水だけでなく流木だった。大量の土砂と根がついたままの倒木は一体どこから来たのか。1週間ほどたって、浅野川の上流を行った。やはり、山肌がえぐられていることろが随所にみられた。竹林、杉の植林地など。杉などの人工林は、放置され間伐が遅れると木が込み合い、日光が林に入らない。すると、下草が育たない。そして、落ち葉や下草のない土壌では、林地に表面侵食が起き、土砂崩れが起きやすくなると指摘されている。放置されたモウソウ竹林でも同じだ。

 浅野川で起きたことは、何も金沢だけに特徴的なことではない。水害の背景にある山林の荒廃、それは全国に発せられる濁流の警告でもある。8月に入って、毎日のように「集中豪雨」の予報が発せれている。気候変動と荒れた山林、そして想像以上の水害。まさに「山河破れて」の状態ではないのかと。ヤブと化した竹林、藤ツルが絡まった杉林、そんな山の痛ましい姿を見てそう思う。

※写真は、クズが覆う金沢市角間の山

⇒15日(木)朝・金沢の天気    はれ

★木島平の里山から‐下

★木島平の里山から‐下

 地域と大学が連携する「学びの場」「地域活性化」にはいろいろなパンターンがある。平成19年の学校教育法の改正で、大学はそれまでの「教育」「研究」に加え、「社会貢献」という新たな使命が付加された。教育と研究の成果を地域社会に活かすことが必須になった。これを踏まえて、文部科学省ではこれまで地域のニーズに応じた人材養成として「地域再生人材創出拠点の形成」事業を、今年度からは「地(知)の拠点整備事業」(大学COC)を実施している。COCは「Center of Community」のこと。大学が自治体とタイアップして、全学的に地域を志向した教育・研究・社会貢献を進めることで、人材や情報・技術を集め、地域コミュニティの中核的存在としての大学の機能強化を図ることを目指している。

         「村格」こだわる気高い村の風土

 一方、総務省では地域の視点から大学とのつながりを重視する「域学連携」地域づくり活動事業を促している。過疎・高齢化をはじめとして課題を抱えている地域に学生らの若い人材が入り、住民とともに課題解決や地域おこし活動を実践する。学生たちが都会で就職しても、将来再び地域に目を向け、活躍する人材を育成することを促している。若者たちが地域に入ることで、住民が自らの文化や自然など地域資源に対して新たな気づきを得て、そのことが住民をの人材育成にもなると期している。

 文科省、総務省それぞに国費を投じた、こうした取り組みは、地域(自治体・住民)と大学(大学生・教員)それぞれにメリットがあるように、活動プログラムに工夫を重ね、知恵だしするプロデューサー機能が必要となる。ところが、予算取りには成功したが、実施段階でプロデューサー機能を構築しないまま、大学と地域でお互いの勘違いで勝手に動いているケースが実際にある。双方のどちらかが、メリットがないと気づいたとき、地域と大学の連携は単なる「迷惑」「おせっかい」にすぎないだろう。

 木島平村の場合、活動プログラムの策定から地域の人々と学生たちのつなぎ、食事のメニューを学生たちに考えさせ、その材料の仕込みまで、プロデューサー機能を果たしているのは教育委員会の中にある「農村文明塾」だ。教育員会には所属するものの、ある意味でのシンクタンク組織であり、全国でも稀である。その掲げるところは気高い。地域住民の活動と都市住民との交流を促し、①日本の農山村の有する価値と機能に改めて光を当て、「農村文明」の創生に向けて、農業・農村に愛着を持ち、農山村地域の持続的発展を支える人材育成を行う。②「農村文明」の創生に向けて、農村文明に関する調査研究を行うとともに、情報発信と有識者、全国の地域づくり関係者、自治体等との農村文明ネットワークの形成を進め、「農村文明」の普及啓発と全国運動の展開を行う。

 農村文明塾のホームページで塾長の奥島孝康氏(元早稲田大学総長)はその役割についてこう述べている。「農村自体の可能性をどのように探っていくのか、真剣に考えるときに来ています。それは、観光などではなく農村は農業を中心に考えることが大切で、農村の可能性を
『農村文明』という切り口で考えること、それが『農村文明塾』の役割だと思っております。」

 そして、木島平は、「村格」ということにこだわっている。農業のブランド化や都市農村の交流の拡大による地域の活性化を図ることはもちろん、農村ライフスタイルを、農山村で生活することへの愛着と誇りの醸成を進めたいのだという。これがベースだ。村の住民が幸福や生きがいを感じる地域の暮らしの質(自然環境、地産地消、健康長寿、相互扶助)をどう高めていけばよいか、その理想を追求している。

 事務局長の井原満明氏と初日の夕食後にしばらく話し合った。総務省の「域学連携」地域活力創出モデル実証事業の採択を受けて、その助成金で学生たちが木島平に寄り集う「農村版コンソーシアム」などの事業を展開している。「問題は公的な助成ではなく、民間から活動資金をどう引き出すか、活動資金の比率を高めていくかですよ」と。「域学連携」に留まる活動であってはならない。全国の民間企業が木島平に目を向けてくれるような、そのようなスケール感のある活動でないと農村文明塾は発展しないと自らに課しているのである。

 2日目(9日)朝6時30分に曹洞宗の寺で座禅体験。午前中は村歩き。道端のホオズキがオレンジ色に染まっていた。午前11時ごろ、村内の有線放送のスピーカーが響いた。「昭和20年8月9日午前11時2分に長崎に原爆が投下され、多くの方々が犠牲になりました。冥福を祈り、1分間の黙祷を捧げましょう」。原爆の日の黙祷、この地では日本人としては極当たり前のこととして今でも続けられている。木島平はそのような里山である。

⇒13日(火)金沢の朝   はれ

☆木島平の里山から‐中

☆木島平の里山から‐中

  平成の大合併で全国で568あった農山村が184に減った。村は「自治の主体」から「中心市街地の周辺部」へと、その存在価値を落としてしまった。その時期と並行して、都市では「疲労」が見え始めた。都市では物が買われ消費される。商品が都市に人々を惹きつける魅力となる。その仕組みである、物流のシステム、物を交換する交易のシステム、欲望を刺激するシステム、労働のシステムなど複雑な社会の構造が出来上がった。が、制度疲労が出始め、「ブラック企業」と呼ばれる搾取企業、「無縁」と称される社会的な孤立、欲望の犯罪化などが都市生活者の不安を煽る。そして若い学生たちもの微妙にその都市の不安な空気を読んでいる。

     「3度の食事も自ら賄う」 学生が農村というフィールドで学ぶこと

  木島平村では「農民芸術」を目指す人々がいる。地域に残る民話を発掘してそれを朗読する「語り部」の運動だ。テレビ番組「まんが日本昔話」の語り部として知られる俳優・常田富士男はこの村の生まれ。平成16年(2004)に「ふう太の杜の郷(さと)の家」という古民家を利用した活動の場ができ、常田を代表として「木島平の昔話」の語りなど活動の輪が広がっている。

 8日午後3時ごろ、「ふう太の杜の郷の家」=写真・上=に入った。さっそく参加学生のうち東京芸大、国立音大の学生ら4人によるトロンボーンやユーフォニアム、チューバを用いたミニコンサート。「故郷(ふるさと)」(北信州で生まれた高野辰之が作曲)など。続いて、参加学生が昔話の朗読をぶっつけ本番で。テーマは「高社(たかやしろ)山と斑尾山の背比べ」。このとき、ちょっとしたハプニングがあった。

 語りはこうだ。高社山と斑尾山は隣同士で仲が良かった。ふとしたことから「高社山と斑尾山はどちらが高いか」という話題になり、両方とも普段は温厚な山がその日は激しい言い争いになった。斑尾山が「高さを測る良い方法はないか」と高社山に尋ねた。高社山は「樋(とい)をかけて水を流したらどうか」といった。水は低いほうに流れるから勝負がつく。高社山と斑尾山は、それぞれの頂上に樋の端を置き、水を流した。すると、水は高社山の方へどんどん流れていった。高社山は悔しがり、肩を火を噴いて、樋を真ん中で叩き割ってしまった。話がクライマックスになったその時、午後4時56分、会場の参加者の携帯電話が一斉にギュー、ギュー、ギューと鳴り出した。鈍い感じのアラーム音、緊急地震速報だった。一時会場は騒然としたが、揺れものなく、語りは続けられた。「樋を割って、そのときこぼれ落ちた水が、千曲川になったんだとさ」。後で誤報と分かったが、話のクライマックスとアラーム音の絶妙なタイミングが会場の気分を盛り上げた。

  農村文明塾の 「農村版コンソーシアム」プログラムは、今回は学生を対象にしている。首都圏などから学生が集まって、集落をフィールドに、日本文化のルーツともいえる「農村」を学び、体験を通して「生き方」を探る場としている。したがって、「お客さん」扱いをしない。学生たちが農村に入って、村人と交わって、感じ取るのだ。井原満明事務局長は「学生たちに農村調査を求めているのではない。『share your secrets』の自ら気づきを促し、それを参加者と分かち合うのです。気づき、発することで人は生きる感性を磨くのです」と話す。

  ふう太の杜の郷の家での夕食は、村のお母さんたちに交じって学生たちが料理、配膳、ご飯炊きを行った。「3度の食事は自ら賄う」も農村文明塾の方針。ここでは薪割りをする、その後にかまどでご飯を炊く。そして皆で合掌してから、食をいただく=写真・下=。こう説明すると、一見して修行僧のようで、堅苦しくも思えるが、つくる方は話が弾み、食も進む。朱塗り膳の後片付け、食器洗いを終え、宿泊研修施設の「農村交流館」へ。駐車場まで歩く。森林の暗闇は静寂そのもの。夜8時をまわっていた。  

⇒11日(日)金沢の天気   はれ  

★木島平の里山から‐上

★木島平の里山から‐上

  長野県の北部、「北信州」と呼ばれる地域は古くから農林業が営まれてきた日本の里山である。地形が盆地になっていて、山あいの小さな棚田から平野の広い水田まで見渡せる。「兎追いしかの山」「こぶな釣りしかの川」で有名な歌「故郷(ふるさと)」を作詞した高野辰之が生まれ育ったところだ。北信州の真ん中あたり木島平村(きじまだいらむら・人口4700人)がある。昨年秋、木島平を舞台にした小説が出版された。

        「農村文明」の村へとかき立てる「和算のDNA」

 警察小説の『ストロベリーナイト』で知られる作家、誉田哲也の『幸せの条件』(中央公論新社)だ。理化学実験ガラス機器専門メーカーで働く経理担当の24歳OLが、バイオエタノール精製装置の試作で休耕田でバイオエタノール用の安価なコメを提供してくれる農家を探せと、長野県に出張を命じられることから物語が始まる。先々で「コメは食うために作るもんだ。燃やすために作れるか」と門前払いされながらも、農業法人で働くことになる。米作りを一から学ぶことになり、そして農村の中で、「人として本来すべきことを、愚直にやり通す強さ。そのあたたかさ。よそ者でも受け入れ、食事を出す。他人の子でも預かり、面倒を見る。損得ではない、もっと大切な何か。利害よりも優先されるべき、もっと大きな価値観」を見出していく。

 大震災、原発事故、停電、都市機能のマヒなど現実に「いまそこにある危機」が日本、そして世界の都市を覆う。しかし、 収穫したコメを見れば、人は何が起きても生きていけると「自給自足=生存」本能に目覚める。それが「いまそこにある幸せ」ではないか。農作業を通じて「幸せ」を実感する、そんなストーリーだ。

 小説の農村・木島平で、「幸せ」の実感を共有しようという村の事業「農村文明塾」がある。このプロジェクトは「農村文明」の4文字を掲げ、平成21年(2009)に旗揚げした。「農村文明」は稲作を中心に森と水の循環系を守りつつ、自然と共生して農耕生活を行う中で営々と築いてきた歴史、文化、教育な価値、さらに地域で支え合う自治機能といった価値と言えるかもしれない。一言で表現すれば、自然と共存可能な持続型の文明、か。

 プロジェクトでは、全国の大学の学生、企業、自治体職員を村に受け入れ現地で文化や農業を学ぶ「農村版コンソーシアム」、村民自身が学ぶ「農村学講座・オープンカレッジ」、村民自らが地域を深く知る「村民研究員制度」などをプログラム化している。1泊2日の、ほんの触れただけの体験だったがプログラムに参加した。今月8日に村に着き、さっそく農村版コンソーシアムのプログラム(5日間)に学生たちに交じって参加した。参加者は、早稲田大、東京工大、金沢大学、東京芸大などの学生15人。

 手始めに村の資料館に入った。驚いた。見たこともない幾何学模様がずらりと並ぶ。「算額」だ。江戸時代、鎖国で海外との交流がほとんどなかった中で、日本独自の数学として興った「和算」。当時の研究者たちは難問が解けたときの喜びや、学問成就の願いを絵馬にして、神社や寺に奉納した。和算は、16世紀に関孝和によって大系化し、その後全国に普及したものと伝えられている。その和算が木島平で根づき、野口湖龍ら和算家を多く輩出する、「信州和算のメッカ」となった。冬閉ざされる雪国が醸し出した学問の風土といえるかもしれない。

 木島平は「農村文明」を掲げ、持続可能な社会を創造しようと挑戦している。ひょっとして難問に挑戦する「和算のDNA」がここに息づいているのかもしれないと思った。

⇒10日(土)夜・金沢の天気  はれ