⇒トピック往来

★イフガオ再訪-追記

★イフガオ再訪-追記

  イフガオの棚田には青年海外協力隊員2人が派遣されており、金沢大学の説明会があると聞いて訪ねてきてくれた。渡辺樹里さんは、棚田で食材として利用されるドジョウの養殖を、中島千裕さんは日本企業のCSRで設置された小水力発電を活かした地域開発に取り組んでいる。

        イフガオの地域開発に携わる2人の青年海外協力隊員

  28日20時過ぎにイフガオ州立大学のゲストハウスに到着した。渡辺樹里さんがまっていてくれた。たまたま、マヨヤオ町長あてに出した手紙の封筒に「金沢大学」の名があり、金沢大学のイフガオ入りを知った。渡辺さんは東京都まれ。水産高校と大学で7年間水産学を学んだ。2012年10月から青年海外協力隊員(任期2015年8月)としてイフガオ州マヨヤオ町の町役場の農業事務所に赴任した。同地では、稲作農家に対して「水田養殖の普及活動」に取り組んでいる。ドジョウ養殖の普及活動。これは、棚田における単一稲作農業が、農家の現金収入にならないことと、それに伴い、肉体労働を敬遠する若者が都市へ流出してしまう…という後継者問題の対応策として始めたプロジェクトだ。

  現在、イフガオ州では渡辺さんと中島さんの2人が活動している。協力隊の特徴は、現地の人たちと二人三脚で草の根レベルで活動していける、という点にある。今後、金沢大学のJICA草の根技術協力(地域経済活性化特別枠)「世界農業遺産(GIAHS)「イフガオの棚田」の持続的発展のための人材養成」に、協力隊員である渡辺さんたちが何らかの形で加わってもらうことで、プログラムがより現地に根差したものになる、そのような可能性を見出している。

  渡辺さんは学生時代から「途上国における環境保全型養殖」をテーマに取り組んでいる。「ドジョウ養殖」は、新たな産業の導入を自然と人の調和を壊さずに実践していくかという課題の解決のヒントになる。ドジョウ養殖はこれまで、フォンデュアン町のOTOP(One Town One Product)に指定され、州をあげて力を入れた開発プロジェクトだったが、技術が定着することなくお蔵入りとなっていた。しかし、ドジョウはイフガオ州の気候条件に適しており、フィリピンの他の土地では生産できない、いわばイフガオの特産品となりうるもの。北ルソンでは好んで食べられている。配合飼料を与えずに育てられるため、環境に悪影響を与えず、棚田の景観を崩さない。イフガオ州での生息数が激減していることから、販売されている魚の中で最も高値がついており、1㌔600ペソもする。目指すところは、「人々のライフスタイルと環境に適合・調和する養殖の導入」ではある。

  しかし、ドジョウ養殖が根付き、年月が過ぎたときに生産効率を上げることに注力し、人々が養殖池をつくって高密度養殖を始めてしまう可能性もある。これを未然に防ぐためにも、今から「SATOYAMA」という考え方を地域の人たちに地道に伝えていく必要がある。そこに金沢大学の人材養成プログラムの意義があると、渡辺さんは期待している。

※写真は、イフガオのドパップ相撲。日本の相撲と違うのは、片足で競い、両足を先に着いたら負け。

⇒9日(月)夜・金沢の天気

☆イフガオ再訪-6

☆イフガオ再訪-6

  11月28日夜にイフガオ州に入った。マニラからチャーターしたバンで8時間余り。29日にはイフガオ州立大学長のセラフィン・ンゴハヨン(Serafin L. Ngohayon)氏を訪問。ンゴハヨン氏は、「金沢大学とのパートナーシップを確立したい」と述べた。同大学では地域の人々にエクステンションプログラム(生涯学習)を実施していて、今回のプロジェクト用にオフィスと研修室を提供したい旨の提案があった。

      フィリピン大学長「インターナショナルなプラットフォームに」

  イフガオ州政府とバナウエ、ホンデュワン、マユヤオの3町の行政の代表が参加して、プロジェクトの説明会を開いた。質問として「15人の受講生を選ぶクライテリア(基準)」、「プロジェクトの出口として、何をもって成功するのか。それは経済効果などの指標か」、「受講生に対するアローアンス(手当)はあるのか」、「受講が修了時にはどのようなスキル(技能)」、「3年のプロジェクト終了後の見通し」など。要望として、「15人の受講生は3町それぞれ5人ずつにしてほしい」との声が上がった。

  行政などの紹介でイフガオの住民15人が集まり、説明会を行った=写真・上=。プロジェクト代表の中村浩二教授が世界農業遺産(GIAHS)の概要、金沢大学が取り組む「能登里山里海マイスター」育成プログラムの内容をスライドを使って説明した。質問・意見の中で、「日本からの援助は期間が切れると人もいなくなる。継続性をもって実施してほしい」、「コミュニティーに溶け込んだ人をトレーニングしないと成果が還元されない」、「受講した若者はコースを修了することが経済的な利益につながるのか」、「小さな耕運機でよいので棚田に機械が導入したい」など。住民説明会で飛び交う言語はタガログ語ではなく英語だった。

  JICA草の根技術協力事業「世界農業遺産(GIAHS)『イフガオの棚田』の持続的発展のための人材養成プログラムの構築支援事業」を実施するにあたっての、JICA、金沢大学、フィリピン大学オープン・ユニバーシティ、イフガオ州政府、イフガオ州立大学は一連の協議を行い、プロジェクトを実施することで同意が成った。29日にイフガオ州知事、イフガオ州立大学長の署名を=写真・下=、30日にはフィリピン大学オープン・ユニバーシティ学長の署名を得た。30日にフィリピン大学オープン・ユニバーシティ学長のグレイス・アルフォンソ(Grace.Alfonso)学長を訪問。アルフォンソ学長は、金沢大学の人材養成プログラムが、イフガオで実施されることで「インターナショナルなプラットフォームなる」と期待した。

⇒4日(水)夜・金沢の天気    くもり  

 

★イフガオ再訪-5

★イフガオ再訪-5

  イフガオに出発する前の11月27日と28日の両日、マニラにある政府機関・国際機関を訪問した。マカティ市にあるFAOフィリピン事務所長補のアリステオ・ポルツガル(Aristeo A.Portugal) 氏=写真・中央=を訪ねた。中村浩二教授が今回のJICA草の根技術協力の経緯を説明。ことし5月に能登半島で開催されたFAO主催のGIAHS国際フォーラム(閣僚級会議)の「能登コミュニケ」に盛り込まれた、先進国と途上国のGIAHSサイト間の交流促進に基づき前向きに取り組んでいると述べた。ポルツガル氏は、GIAHSでは農業における生物多様性や景観の維持、伝統文化の継承などが柱となっているので、ぜひ金沢大学とフィリピン大学、イフガオ州立大学が協力してイフガオの若者たちの人材育成に取り組んでほしい、と期待を込めた。

   政府機関・国連機関からアドバスを受ける

  JICAフィリピン事務所では、小豆沢英豪次長、佐々木まさき企画調査員、氏家陽子NGOコーディネーター、松田博幸、吉田徹の各氏らアドバイスを得た。事業に関して、人材養成の対象者の選定や、現地の教育実施に関するコスト分担などについて意見交換した。とくに、能登半島で実施している人材養成の教育プログラムをそのまま移転するのかとの質問があり、ステークホルダーミーティング(関係者協議)を積み上げ、フェイス・ツ・フェイスで現地のニーズに応じた育成プログラムを組み立てると実施側から説明した。フィリピン政府は、世界遺産や世界農業遺産の観光活用に注目しており、同政府の観光部局を訪問してはどうかとのアドバイスがあった。

  先住民族問題対策国家委員会(NCIP)統括局長マルレア・ムネツ(MarleaP. Munez)氏と懇談した。先住民族であるイフガオ族の権利と保護の観点からも、JICA草の根技術協力で人材養成プログラムが現地で実施されることは、生物多様性や地域資源を活用したビジネス、世代間の文化コミュニケーションを学ぶよい機会だ、と高評価。来年実施されるキックオフ・ワークショップへの協力の内諾を得た。外国団体が先住民族地区で教育・研究、企業活動などを行う際には、NCIPへの申請許可が必要となる。ムネツ氏は、先住民族地区でのABS(遺伝資源へのアクセスと利益配分)の重要性を強調した。

  環境天然資源省海外援助特別事業事務所(DENR-FASPO) を訪問(28日)。副所長のロメル・アベサミス(Rommel.Abesamis)氏は、「イフガオの今後の発展は人的資源の育成にかかっている。新たなJICAの草の根技術協力で人材養成が始まることを歓迎する」と述べた。今回のプログラムの遂行のために「必要ならば、FASPOのバギオ事務所を使ってほしい」との提案を受けた。

⇒2日(月)朝・金沢の天気   くもり

  

☆イフガオ再訪-4

☆イフガオ再訪-4

  ここで、イフガオに移出しようとしている、金沢大学の能登プログラムについて説明しておきたい。2011年6月、能登半島の農林水産業や関連する祭りなど伝統文化が『能登の里山里海』として国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS=Globally Important Agricultural Heritage Systems)に認定された。その中で、地域コミュニティーを持続的に維持する仕組み、あるいは自然の恵みに感謝する農林漁業とその文化が高く評価されている。同じ国連の機関であるユネスコが登録する世界遺産との違いは、ユネスコは遺跡や土地といった不動産であるのに対し、GIAHSは伝統的な農業の仕組み(システム)、つまり無形文化遺産なのだ。

 イフガオに移出する能登里山マイスター養成プログラム

  GIAHSに認定されたものの、現実問題として、能登は過疎・高齢化が進行している。特に、年代別の人口統計を見ても、20代、30代の若者が極端に少ない。能登の魅力や価値を再発見し、若い人たちが能登に住んでみたい、ビジネスを創造したい、そのようなことを学ぶ場として、金沢大学と能登の4市町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)が連携して「能登里山里海マイスター」育成プログラムに取り組んでいる。

  スタートは2007年10月。文部科学省から予算を得て、「能登里山マイスター」養成プログラムを始めた。石川県珠洲市に廃校となった学校施設を借り受け、「能登学舎」として拠点化した。45歳以下の男女を対象とし、里山里海の豊かな自然資源を活かし、能登の地域課題に取り組む人材、自然と共生し持続可能な地域社会モデルを世界に発信する人材など、この地域の次世代のリーダーを育成した。国の助成金が終わる2012年3月までの4年6ヵ月間で、62人の「能登里山マイスター」を輩出した。これがフェーズ1。

  フェーズ2が始まったのは2012年10月。今度は国の助成に関係なく、金沢大学と地域自治体(石川県、輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)が共同出資して運営する「能登里山里海マイスター」育成プログラムをスタートさせた。これまで2年間のカリキュラムだったものを、今度は1年間のカリキュラム、月2回の集中講義に濃縮させ、3年間で60人の「マイスター」を養成を目指している。博士研究員ら5人を能登に常駐させ、受講生に基礎科目(講義や実習)と実践科目(ゼミナール)を指導している。修了要件は、基礎科目7割の出席と実践科目での卒業論文等の審査の可否となる。フェーズ2では新たなテーマとして、能登の世界発信プログラムも始まっている。ことし9月に1期の修了生は22人を輩出、10月には40人余りの新たな受講生を迎えた=写真・下=。フェーズ1と2でこれまで84人の「マイスター」を育成したことになる。

  では、どのような人材が活躍しているのか紹介したい。フェーズ1で学んだA氏(七尾市在住)は、企業参入における農業経営の課題について学んだ。勤務する水産加工会社が農業部門に参入、2012年に独立した農業法人会社では統括を担当している。耕作放棄地の再生農地を活用して約26haを経営、現在能登半島で100haを目指している。B氏(珠洲市在住)は、能登地域の製炭業(炭焼き)の希少な担い手で、付加価値の高い茶道用炭の産地化に取り組んでいる。平成22年度地域づくり総務大臣表彰(個人表彰)、若者の地域活動を顕彰する「2011いしかわTOYP大賞(金沢青年会議所)」を受賞するなど地域リーダーとして注目されている。行政マンのC氏(宝達志水町在住)は、オムライスの考案者が町出身者であったことをヒントに「オムライスの郷」構想を課題論文で練り上げ、現在、それを地域振興の目玉として実践している。女性では、Dさん(輪島市在住)がいる。家族で能登に移住したデザイナー。地元住民とともに土地の自然と文化を学ぶ「場」の創出を課題論文とし、修了後は、自らが媒介者となって人と人をつなぐこと、地域を「出会いの場」として創り出すことに貢献している。その仲間は50人余りに広がっている。

  ビジネスから地域起こし運動まで、自らが置かれた能登という「場」で新たな取り組みを始める人材が育っている。イフガオでは、「イフガオ里山マイスター養成プログラム」を来年から実施する。地域の自然環境や伝統文化の価値、2000年継がれてきた農業技術の価値を見直し、耕作放棄地が広がったイフガオ棚田に新風を吹き込むことができるのか、身震いするほどの壮大なテーマではある。28日夜、イフガオ州立大学のゲストハウスに到着した。

⇒28日(木)夜・イフガオの天気    あめ  

★イフガオ再訪-3

★イフガオ再訪-3

マカティ市にある国連食糧農業機関(FAO)フィリピン事務所所長補のアリステオ・ポルツガル(Aristeo A.Portugal)氏=写真・中央=を訪ね、今回のプロジェクトの代表、中村浩二金沢大学特任教授がJICA草の根技術協力の経緯を説明した。ことし5月に能登半島で開催されたFAO主催のGIAHS国際フォーラム(閣僚級会議)の「能登コミュニケ」で、先進国と途上国のGIAHSサイトの交流が盛り込まれ、それに基づいて前向きに取り組んでいると述べた。ポルツガル氏は、GIAHSでは農業における生物多様性や景観の維持、伝統文化の継承などが柱となっているので、ぜひ金沢大学とフィリピン大学が協力してイフガオの若者たちの人材育成に取り組んでほしい、と期待を込めた。

        イフガオ棚田のスノボードで滑走することの意味、

    
 話の中で話題になったことを2つ。ポルツガル氏が「こんな動画がユーチュ-ブで話題になっているのを知ってるかい」と、タブレットで見せてくれたのは、欧米人と見られる若者がイフガオの棚田をスノーボードで滑り下りるという映像だった。すでに99万アクセスもある。ポルツガル氏は「こんなことでイフガオが話題になっても、地域にとってはどのようなメリットがあるかね」といぶかった。私自身、最初にこの動画を見たときは、少々驚いた。山の頂上の細長い棚田をまるで海上のように滑る。意外性を演出したものだ。ただ、後でだんだんと腹が立ってきた。「無神経な若者の冒険」と。

 今回の訪問に同行し、自身もイフガオ出身のフィリピン大学教授のシルバノ・マヒオ(Sylvano D. Mahiwo)氏もこう言った。「バチカンの大聖堂の屋根をスケートボードで滑走するようなもの。本人はやったという気になるかも知れないが、カトリック信者は拍手しますかね」と。2000年コメ作りを行ってきたイフガオの民にとって、田んぼは「聖地」なのだ。動画作成に協力した地元民もいたのだろうが、多くの人は不信感を持っているに違いない。「イフガオの田んぼの文化価値を知らなさすぎる」(マヒオ氏)

 もう一つ出た話が、ABS(遺伝資源へのアクセスと利益の公正な配分)だ。フィリピンのタガログ語で「花の中の花」の呼び名で知られる「イラン イラン」。「シャネルの5番」でも知られる香水は、バンレイシ科のイランイランの木の花の精油でつくられる。原料である花の産出国、そして由来の名前などがタガログ語であるものの、「フィリピンでは恩恵は感じられない」。ABSに関しては、国連生物多様性条約第10回締約国会議も論争があったように、例えば資源利用国(主にEU、日本などの先進国)のバイオ企業が遺伝資源へのアクセスにより儲けた利益を資源提供国(発展途上国)に適切に還元すべきである、との資源提供国側の主張により盛り込まれた規定だ。利益の適切な配分が環境保全の資金調達のために必要であることは明らかなのだが、資源提供国と資源利用国の間で利益配分を巡る対立がある。

 フィリピンでは、国家先住民族問題対策委員会(NCIP)が、イフガオのような先住民地域で、日本のような資源利用国が生物資源のサンプル採集などを行うにあたっては、ガイドラインに従って、事前情報に基づく同意の取得、利益配分について交渉の上で合意などが求められる。

 ポルツガル氏が言いたかったのは、先進国と途上国の関係について、先進国側が途上国の文化の問題や資源の活用について十分に注意を払ってください、という念押しだったのではないかと想像している。もちろん、イフガオにおける人材育成プログラムに関しては「能登コミュニケ」に則ったプロジェクトであると評価いただいた。

⇒27日(水)夜・マニラの夜    はれ

☆イフガオ再訪-2

☆イフガオ再訪-2

   出鼻をくじかれた。25日は小松14時55分発の成田空港行きANA便に乗る予定だったが、強風のため欠航となった。そのため、成田17時5分初のマニラ行きのANA便も搭乗は無理となった。航空会社と掛け合い、小松20時00分発の羽田空港行きのANA便に振り替え、成田で宿泊、翌26日9時30分発のJAL便でマニラ向かうことになった。航空会社との交渉は実に3時間余りに及んだ。天候理由による他社便への振り替えサービスは原則として行わないのだという。そこはこちらも粘った。20時00分発の羽田空港行きも風で遅れに遅れ、到着は22時26分だった。本来ならばマニラに到着する時間と同じくらいだ。京浜急行の最終便にようやく乗って都内のホテルに宿泊できた。

         イフガオの棚田へ、人で協力するODA     

  きょう26日は成田9時30分発のマニラ(ニノイ・アキノ)国際空港行きの便で、現地時間で14時ごろに到着した。時差は1時間だ。空港で両替をする。この日の円とペソの交換レートは0.43、つまり1ペソ2.32円だ。マニラは晴れてはいたが、乗合タクシーのジープニーなど車が激しく行き交い、クラクションもやまない。そして、ジーゼルエンジンの排気ガスのにおいが充満している感じだ。ガソリンスタンドに目をやると、ジーゼルが1㍑44ペソ、レギュラーガソリンが1㍑50ペソとなっている。円換算でレギュラーが116円。正規雇用の最低賃金が月7000ペソと言われる、フィリピン人の庶民にとっては随分と高値だ。そしてホテルに入るとテレビや新聞はレイテ島を襲った台風の被害を伝えている。

  今回、何の目的でイフガオへ行くのか。国際協力機構(JICA)の「草の根技術協力(地域経済活性化特別枠)」に申請していた「世界農業遺産(GIAHS)『イフガオの棚田』の持続的発展のための人材養成プロゴラムの構築支援事業」が採択が内定した。これは、金沢大学、石川県、JICA北陸の三者で話し合って、石川県が提案団体として事業申請したものだ。採択内定を得て今後事業を本格化させるためには、相手国の行政や機関との実施事業に関する合意文書(Minutes=覚え書き)の取り付けが必要となる。そのために、今回、実施パートナーとなるイフガオ州政府やフィリピン大学オープン・ユニバーシティ、イフガオ州立大学を訪問し、実施概要の説明と了承を得る。「草の根技術協力」とは、JICA が政府開発援助(ODA)の一環として行っている事業で、技術協力の意味合いは人を介して知識や技術や経験、制度を移転することを指している。ODAと聞くと、高速道路などハード面のインフラをイメージするが、この事業はあくまでも「人の協力」となる。

  では、人が協力する「世界農業遺産(GIAHS)『イフガオの棚田』の持続的発展のための人材養成プログラムの構築支援事業」とは何か。その前に、イフガオの現状について触れる必要がある。イフガオ棚田はフィリピンで5件あるユネスコ世界遺産の一つだ。人と自然環境が調和して2000年かけて創り上げた景観、と評価された。世界文化遺産「フィリピン・コルディリエラの棚田群」。指定されたのは1995年12月で、日本の「白川郷・五箇山の合掌造り集落」やフランスの「アヴィニオン歴史地区・教皇殿」が同じタイミングだった。しかし、その6年後(2001年12月)に世界遺産委員会が「危機にさらされている世界遺産リスト」(略称「世界危機遺産」)に入れた。

 ユネスコ世界遺産委員会が指摘した点は主に6点だった。1つ目に、棚田の保全するためフィリピン政府によって現地タスクフォース(実行委員会)ができたにもかかわらず政府からの支援が欠けている、2つ目に25-30%の棚田が耕作放棄され、棚田の土手の崩壊につながっている、3つ目が不法な開発(住宅など)が発生して景観が失われている、4つ目に国際的な支援が提供されていない、5つ目がマニラから棚田群へ行くための道路インフラが整備されておらず観光への支援がない、6つ目が現状が変わらなければ10年以内に世界遺産の価値は失われるだろう、というものだった。

  2011年1月に訪れた折、上記の「危機リスト」は目に見えていた。広がる耕作放棄、田んぼの真ん中にある住宅群、土砂崩れどなど。しかし、政府の支援などあって2012年12月には危機遺産のリストからは解除された。フィリピン大学のイノセンシオ・ブオット教授(生態学)は「危機は去ってはいない。若者たちの棚田への意識を高めないと耕作放棄は増えるばかりだ」(2013年1月・金沢でのシンポジウム)で訴えた。実は、イフガオの棚田を保全する若者たちの人材養成プログラムを現地でやってみようという発想はここから芽生えた。

26日(火)夜・マニラの天気    はれ

★イフガオ再訪‐1

★イフガオ再訪‐1

  フィリピンのルソン島にあるイフガオに長らく活動した経験ある日本人男性から、こんなことを聞いた。「イフガオ棚田では、男が田んぼをつくり、女が米をつくるんですよ」と。日本では「田んぼ」は土づくりから、稲作までの一貫作業だと思っていたが、イフガオ現地ではどうやらもそうではないらしい。男女分業のように聞こえる。

              イフガオと能登の類似点、

  そのイフガオへ、きょう(25日)出発する。小松空港から成田へ、成田からマニラへ。10時間ほどの旅だ。「人生七掛け、地球八分の一」とはよく言ったものだ。これまで、8日間かけて行った世界各地が1日で行けるようになった。イフガオは昨年1月に世界農業遺産(GIAHS)の視察を兼ねて現地でワークショップ(金沢大学里山里海プロジェクト主催)を開催したので1年11ヵ月ぶりとなる。現地の壮観な棚田の風景もさることながら、青ばなを垂らした子どもたちもどこか昔の自分を見ているようで懐かしい。再訪を楽しみにしている

  ではなぜ再びイフガオの棚田なのか。イフガオの棚田は、国連食糧農業機関(FAO)により世界農業遺産に認定されているが、近年、若者の農業離れや都市部への流出により、耕作放棄地の増加が懸念される。実に4分の1が耕作放棄地になりつつあるとの指摘もある。ほか、地域の生活・文化を守り、継承していく若者も減っている。また、棚田が崩れることもままある。そのために、国際協力機構(JICA)や世界のNGOが懸命になって、地域を支援している。ただ、土地には土地の人の考えがあり、そう簡単ではない。

  実は、同様の課題を有しているのが、能登半島だ。担い手が減り、田んぼを始め、山林や畑、地域の祭り文化も後継者がいないというところが目立っている。若者たちにもう一度地域の価値を理解してもらい、地域をどのように活用すればよいか、そのようなことを考え、実践する人材を育てている。金沢大学が地域の自治体とともに取り組んでいる、「能登里山里海マイスター」育成プログラムがそれだ。

  フィリピン大学の教授たちから、能登の人材養成を取り組みをぜひイフガオで活かしたいとのオファーが金沢大学里山里海プロジェクト代表の中村浩二教授にあり、どうノウハウを移転すればよいか、JICA北陸や同じ青果農業遺産の佐渡の人たちと連携を進めている。今回の再訪はその手順を踏むためのものだ。これが、世界農業遺産の理念の普及を通じた国際交流・支援を実施になればよい。また、能登の若者たちがイフガオとの交流を通じて、国際的な視点を持ちながら地域の課題解決に取り組むグローカル(グローバル+ローカル)な人材の育成にもつなげていければといろいろと思いを巡らせながら、これから出発する。

⇒25日(月)午前・金沢の天気   くもり

  

☆「ゴッツオ」再考

☆「ゴッツオ」再考

 この12月にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に「和食文化」が登録されそうだ。報道によると、文化庁はユネスコの無形文化遺産に推薦していた和食について、事前審査をするユネスコの補助機関が新規登録を求める記載の勧告をしたと発表した。補助機関が記載を勧告して覆った例はなく、12月上旬にアゼルバイジャンで開催かれる政府間委員会で正式に登録が決まる見通しという。

 ユネスコの無形文化遺産は、芸能や祭り、伝統工芸技術などを対象としていて、遺跡や自然が対象の世界遺産、文書や絵画などが対象の世界記憶遺産とともに「ユネスコの3大遺産事業」と称される。国内からは昨年までに21件が登録され、能登半島の農耕儀礼「あえのこと」(2009年登録)もその一つ。世界の食文化では「フランスの美食術」「地中海料理」「メキシコの伝統料理」「トルコのケシケキ(麦かゆ食)の伝統」の4件が登録されている。

 政府が和食を無形文化遺産に推薦したポイントとして、日本人の「自然を尊重する」という精神が和食を形づくったとのコンセプトを挙げている。大きく4つ。1つに多様で豊かな食材を新鮮なまま持ち味を活かす調理技術や道具があること、2つ目に主食のご飯を中心に汁ものを添えて魚や肉、豆腐、野菜を組みあわせた栄養バランスに優れたメニュー構成、3つ目に食器に紅葉の葉などのつまものを添えて季節感や自然の美しさを表現している、4つ目が年中行事とのかかわりで、正月のおせち料理や秋の収穫の祭り料理など家族や地域の人の絆(きずな)を強める食文化だ。手短に、ここで言うことのころ「和食」とは高級料亭のメニューではなく、家庭の、あるいは地域の郷土料理、能登で言うゴッツオ(ごちそう)なのである。

 もう7年前、地域資源の発掘の一環として、能登半島で「里山里海自然学校」のプログラムを運営していた折、地元の女性スタッフに協力してもらい、100種類の郷土料理を選び、それぞれレシピを作成した。その手順は①地元で普段食べている古くから伝わる家庭料理を実際に作り写真を撮る②食材や料理にまつわるエピソードや作り方の手順をテキスト化する③写真と文をホームページに入力する④第3者にチェックしてもらい公開する‐という作業を重ねた。簡単そうに思えるが、普段食べているものを文章化するというのは、相当高いモチベーションがなければ続かない。女性スタッフも「将来、地域の子供たちの食育の役に立てば」とレシピづくりに励んだ。それが1年半ほどで当初目標とした100種類を達成し、それなりのデータベースとしてかたちになった。

 郷土料理の100のレシピを今度は実践活動へと展開した。「里山里海自然学校」のプログラムを実施した能登学舎は廃校となった小学校の施設だったので、給食をつくるための調理設備が残っていた。今度はそれを珠洲市に改修してもらい、コミュニティ・レストランをつくろうと地域のNPOのメンバーたちが動き営業にこぎつけた。この土地の方言で「へんざいもん」という言葉がある。漢字で当てると「辺採物」。自宅の周囲でつくった畑でつくった野菜などを指す。「これ、へんざいもんですけど食べてくだいね」と私自身、自然学校の近所の人たちから差し入れにあずかることがある。このへんざいもんこそ、生産者の顔が見える安心安全な食材である。地元では「そーめんかぼちゃ」と呼ぶ金糸瓜(きんしうり)、大納言小豆など、それこそ地域ブランド野菜と呼ぶにふさわしい。そんな食材の数々を持ち寄って、毎週土曜日のお昼にコミュニティ・レストラン「へんざいもん」は営業する。コミュニティ・レストランを直訳すれば地域交流食堂だが、それこそ郷土料理の専門店なのである。以下は、夏のある日のメニューだ=写真=。

ご飯:「すえひろ舞」(減農薬の米)
ごじる:大豆,ネギ
天ぷら:ナス,ピーマン
イカ飯:アカイカ,もち米
ユウガオのあんかけ:ユウガオ,エビ,花麩
ソウメンカボチャの酢の物:金糸瓜、キュウリ
カジメの煮物:カジメ,油揚げ
フキの煮物:フキ
インゲンのゴマ和え:インゲン

 上記のメニューがワンセットで700円。すべて地域の食材でつくられたもの。郷土料理なので少々解説が必要だ。「ごじる」は汁物のこと。能登では、田の畦(あぜ)に枝豆を植えている農家が多い。大豆を収穫すると、粒のそろった良い大豆はそのまま保存されたり、味噌に加工されたりして、形の悪いもの、小さいものをすり潰して「ごじる」にして食する。カジメとは海藻のツルアラメのこと。海がシケの翌日は海岸に打ち上げられる。これを細く刻んで乾燥させる。能登では油揚げと炊き合わせて精進料理になる。「能登里山里海マイスター」育成プログラムの研究員や、講義を受けにやって来る受講生や地域の人たちで40席ほどの食堂はすぐ満員になる。最近では小学校の児童やお年寄りのグループも訪れるようになった。週1回のコミュニティ・レストランだが、まさに地域交流の場となっている。金沢大学の直営ではなく、地域のNPOに場所貸しをしているだけなのだが、おそらく郷土料理を専門にした「学食」は全国でもここだけと自負している。

⇒23日(水)朝・金沢の天気   はれ

 

★能登ワインの輝き

★能登ワインの輝き

 過日金沢のワインソムリエから誘いを受け、知人を誘ってワインツアーに能登半島に出かけた。「Japan Wine Competition 2013(国産ワインコンクール)」で金賞を受賞したワインが飲めるというので心が動いた。このコンクールは、国産のブドウを100%使用して造られたワインを対象とした日本で唯一のコンクールで11回目の開催。700点近くのワインが出品され、国産ワインの品質は年々向上していると、ソムリエ氏。ツアーは自らが企画主催した。

 訪問先のワイナリーは能登ワイン株式会社(石川県穴水町)。今回の国産ワインコンクール2013では、赤ワイン「2011 クオネスヤマソーヴィニヨン」が金賞を、ロゼワイン「2012 マスカットベリーAロゼ」が銀賞を、赤ワイン「2012 心の雫」が銅賞を受賞した。同ワイナリーが金賞を受賞したのは初めてで、「能登で栽培されるブドウと醸造技術が全国でもトップレベルの高い評価をいただきました」とブドウ畑を案内してくれた社長は終始にこやかだった。

 ブドウ畑ではすでに収穫は終わっていたが、写真で見るヨーロッパのブドウ畑の景観だ。ヨーロッパスタイルの垣根式で約20品種を栽培し、剪(せん)定や収穫は手作業だ。能登は年間2000㍉も雨が降る降雨地でブドウ栽培は適さないと言われているが、適する品種もある。それがヤマソーヴィニヨン。日本に自生する山ブドウと、赤ワイン主要品種カベルネ・ソーヴィニヨンの交配種で、日本の気候に合うブドウ品種として、山梨大学の研究者が開発した。それだけに、ヤマソーヴィニヨンは成長がよく、1本の木で15㌔から20㌔のブドウの実が収穫される。ワイン1本(720ml)つくるには1㌔の実が必要とされるので、実に15本から20本分になる。

 「よき畑によきブドウが実る」と社長が説明した。能登ワイン独特の畑づくりがある。穴水湾で取れたカキの殻を1年間天日干しにしたものを砕いて畑にまく。もともとの能登の地は赤土の酸性土壌なので、カキ殻のアルカリ分が中和し、ミネラルを土壌に補強する。1年間雨ざらしなのでもちろん塩分はほとんど抜けている。参加者が感動するはこうした循環型、あるいは里山と里海の連環型の栽培方法なのだ。ブドウ畑は自社農園をはじめ一帯の契約農家で進められ、栽培面積も年々増え、現在26㌶に及ぶ。

 醸造所を見学した。ここのワインの特徴は、能登に実ったブドウだけを使って、単一品種のワインを造る。簡単に言えば、ブレンドはしない。もう一つ。熱処理をしない「生ワイン」だ。さらに詳しく尋ねると、赤ワインならタンクでの発酵後、目の粗い布で濾過し、樽で熟成する。さらに、瓶詰め前に今度は微細フィルターを通して残った澱(おり)を除く。熱処理するとワインは劣化しないが熟成もしない。熱処理をしない分、まろやかに、あるいは複雑な味わいへと育っていく。もう一つ。能登の土壌で育つブドウはタンニン分が少ない。それをフレンチ・オークやアメリカン・オークの樽で熟成させることでタンニンで補う。するとワインの味わいの一つである渋みが加わる。そのような話を聞くだけでも、「風味」が伝わってくる。

 ツアーのクライマックは能登牛のバーベキューだ。ロース肉と、金賞を受賞した赤ワイン「2011 クオネスヤマソーヴィニヨン」のマリアージュ(ワインと料理の相性)がなんとも言えない至福感だ。雨が多く栽培に不適とされた能登の地で、カキ殻を畑に入れることで土壌の質を高め、国産品種のヤマソーヴィニヨンと出会い、見事に実らせた。栽培を始めて10年の曲折とたゆまぬ努力、この物語こそが感激のテイストなのだ。

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☆新幹線「かがやき」考

☆新幹線「かがやき」考

 「かがやき」と聞いてどのようなイメージを持つだろうか。「未来にかがやく」、「かがやく明日」など夢と創造性をかきたてる言葉の響きと感じる。ただ、人名だと「名前負け」しそうだ。2015年春に開業予定の北陸新幹線について、その列車名が10日、JR西日本と東日本から発表された。

 北陸新幹線の金沢と東京間を最速で走る速達タイプの列車名が「かがやき」、停車駅を多くする停車タイプは「はくたか」、金沢駅と富山駅を結ぶシャトルタイプは「つるぎ」、東京駅と長野駅を往復する長野新幹線タイプは「あさま」と列車名がついた。名称については、事前に公募(5月31日‐6月30日)があり、約14万5千件の応募があった。この結果で一番多かったのは「はくたか」(9083件)で、2位「はくさん」(7323件)、3位「らいちょう」(5408件)だった。

  1位「はくたか」は、立山の開山伝説に登場する白いタカの「白鷹」のこと。「はくさん」は石川、岐阜、福井にまたぐ白山、「らいちょう」は国指定の特別天然記念物のライチョウで、長野、岐阜、富山の県鳥でもある。今回、ベスト3の中で採用されたのは「はくたか」のみ。現在ほくほく線(北越急行)の特急の列車名だが、新幹線の列車名として残ることになった。「はくさん」と「らいちょう」は外れた。公募上位の「はくさん」が漏れたのは、今回採用された「はくたか」と紛らわしい名前を避けたためとする見方もあるが、理由はおそらくこうだ。かつて金沢駅と上野駅を結んだ特急「白山」はあった。が、2015年の新幹線開業時では、白山は沿線から見えないからだろう。そして、「らいちょう」だが、かつての特急「雷鳥」は現在「サンダーバード」として名称変更して北陸本線で運行している。新幹線開業後は金沢駅から東の北陸本線は並行在来線となるので、JR西日本から経営分離される。このため、「サンダーバード」は金沢駅止まりとして運行が継続される。

  それにしても大出世は「かがやき」である。上越新幹線と連絡するため、新潟県の長岡駅と金沢駅を結ぶ特急「かがやき」が1988年に登場。その9年後、1997年にほくほく線が開業し、越後湯沢と北陸方面を結ぶ「はくたか」がデビューしたので引退していた。そこにまさかの北陸新幹線での復活。しかも速達タイプ、まさに優等列車の愛称に「かがやき」が採用されたのである。「かがやき」は公募順位では5位(4123件)だった。4位の「つるぎ」(4906件)を差し置いて躍り出たという感じだ。個人的には東海道新幹線の「ひかり」と並び、「かがやき」はそん色ない。ローカルな山の名称や動植物を感じさせない分、スピード感や透明感、未来性を感じさせる、ある意味でよい名だと思う。

  金沢駅と富山駅を結ぶシャトルタイプの列車名として「つるぎ」も復活した。剣岳をイメージさせる「つるぎ」は1961年に大阪駅と富山駅を結び、その後に新潟駅まで運行区間が延長されたが、1996年廃止となっていた。東京駅と長野駅を往復するシャトルタイプの列車名が「あさま」なので、同じく山の名称をつけたのだろう。

※画像は石川県の新幹線開業に向けたアクションプラン「STEP21」ホームページから

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