★新年元旦に追悼式 能登地震と豪雨で亡くなった514人を弔う
けさ金沢でグラリと揺れがあった。午前7時12分すぎだった。気象庁によると、能登半島の西方沖が震源でマグニチュード4.3、志賀原発がある志賀町では最大震度3、金沢は震度1だった。11月26日に震度5弱があった震源地とほぼ同じで、ほぼ毎日のように揺れが起きている。
元日の能登半島地震、ならびに9月の奥能登豪雨の犠牲者を弔う追悼式が新年1月1日に輪島市の能登空港に隣接する学校法人「日本航空学園」キャンパス体育館=写真=で営まれる。地震による犠牲者は今月19日時点で、直接死が228人、災害関連死(県関係者)が270人となる。豪雨による死者は16人となる。514人の死を弔う。追悼式は石川県が主催し、石破総理ならびに岸田前総理が参列する。式は午後3時35分に開会、地震発生時刻の午後4時10分に出席者が黙祷をささげる。
輪島市役所に問い合わせると、追悼式の参列は地震ならびに豪雨により亡くなった故人の遺族のみで、それも事前登録制ですでに受け付けは締め切っているということだった。ただ、追悼を希望する市民や町民のために、それぞれの関係自治体が献花台を設置するので、「どなたでも献花をお持ちいただけます」とのことだった。献花台の会場にはテレビモニターを設置する予定で、追悼式の様子をリアルに視聴できるようにするとのこと。献花台の設置時間は午後3時00分から午後5時00分まで。献花台設置の場所は次の10ヵ所。【七尾市】七尾市役所、【輪島市】輪島市役所、門前総合支所、町野支所、【珠洲市】珠洲市民図書館、大谷小中学校、【志賀町】志賀町役場、【穴水町】さわやか交流館プルート、【能登町】能登町役場、【金沢市】石川県庁 行政庁舎1F-101会議室
追悼式の模様は、「石川県公式YouTubeチャンネル」で生中継され、誰もが映像を通して参加できる。
⇒24日(火)夜・金沢の天気 あめ
両陛下は9月の豪雨について、輪島市と珠洲市、能登町の3人の首長から説明を受けた。被災者がこれまで見たこともないような大粒の雨だったこと、震災と豪雨の二重被災に心が折れそうになっている人も多いこと、そうした中でも生活の立て直しに懸命に取り組んでいる人たちもいるとの内容だった。首長の説明に対し、両陛下は「建物を解体する作業員や屋根瓦の職人、あるいはボランティアの確保は難しくないでしょうか」と案じ、災害関連死が多いことについては「災害関連死された方はどのような状況でお亡くなりになったんでしょうか」と尋ねるなど、個々の状況について心配されていたという。
衆の拍手にまったく気づかず、背を向けていた。見かねたかアルト歌手がベートーベンの手を取って、聴衆の方に向かわせて初めて熱狂的な反応に気が付いたという話だ。そんなリーフレットの説明も目を通していると、演奏が始まった。(※写真は、第九交響曲コンサートのチラシ)
また、来賓あいさつで同町の宮下為幸町長は「どぶろく特区に登録されている市や町が集まって開催する『どぶろく全国大会』を来年度に誘致することがになり、日程は2026年1月16日に決まった」と明らかにした。この大会では全国から80銘柄のどぶろくが集まり飲み比べができることから、どぶろくファンが全国から集まるそうだ。じつは全国大会は2025年1月の開催が決まっていた。ところが、ことし元日に震度7の能登半島地震が発生したことから、いったん中止となった。そこで、改めて2026年1月での開催が決まったといういきさつがある。
いため白く濁り、「濁り酒」とも呼ばれる。ろ過したものが清酒となる。日本酒の製造過程で一歩手前の酒、と言える。
何しろ金沢は「カミナリ銀座」。全国の都市で年間の雷日数が30年(1991-2020)平均でもっとも多いは金沢の45.1日だ(気象庁公式サイト「雷日数」)。ちなみに、東京は14.5日、仙台は9.8日となっている。雷がとどろけば、落雷も発生する。石川県の消防防災年報によると、県内の落雷による火災発生件数は年4、5件だが、多い年(2002年)で12件も発生している。歴史的に知られるのは、1602年(慶長7)に金沢城の天守閣が落雷による火災で焼失。ほかにも、金沢の神社仏閣での被災事例が多い。雷が人々の恐怖心を煽るのはその音だけではなく、落雷はどこに落ちるか予想がつかないからだ。(※写真・上は、北陸電力公式サイト「雷情報」より)
町内会では、「火災のときは家財道具を持ち出すな」というルールがある。避難の邪魔になるものをお互いが持ち出さないとの決め事だ。金沢の古くからの都市計画では、「広見(ひろみ)」と呼ばれる街中の広場が市内の何ヵ所で設けられている。これは藩政時代から火災の延焼を防ぐため火除け地としての役割があったとされる。(※写真・下は、金沢市寺町5丁目の通称「六斗の広見」。近くに「忍者寺」として知られる妙立寺がある)
したのは去年5月15日だった。その10日前の5日に同市で震度6強の地震があった。被災地を歩ていると、泉谷市長から声をかけられた。同市とは金沢大学の地域連携プロジェクトで協力関係にあったので、これまでも市長から何度か声をかけていただいた。
ンボールだ。環境と人権に配慮した建築家の工夫がそこに見えた。
ないが、それでは芸術祭にふさわしくない。そこで、鉄骨のような形状をした木製という稀にみる構造体になった。まさにこの発想がアートだと感じ入った。
ノドグロは金沢ではもともとアカムツと呼んでいて、庶民の魚だった。ところが、2014年のテニスの全米オープンで準優勝した錦織圭選手が記者会見で、「ノドグロが食べたい」と答えたことがきっかけで、焼き魚と言えばノドグロが一気に「出世魚」となった。さらにブームに拍車をかけたのが、翌2015年3月の北陸新幹線の金沢開業だった。観光客が急激に増え、金沢での食べ歩きや土産の需要として、ノドグロ人気が一気に高まった。関東からの観光客にとっては、北陸と山陰は同じロケーションで、金沢に行けばノドグロが食えると思われたに違いない。当時、知人らと「あのアカムツがノドグロに化けて、えらい人気やな」と笑っていた。ところが、値段も高騰して、いつの間にか「超高級魚」の様相になって、笑えなくなった。ちなみに金沢の居酒屋で焼き物一匹は4000円ほどだ。「錦織以前」は確か600円ほどだったと記憶している。
話が逸れた。さらに漁協の荷捌き場に入ると、ズワイガニのメスの香箱ガニが発砲スチロールの箱に段積みになっていた=写真・中=。これを見て、いよいよ「かに面」の季節だと心が騒いだ。かに面は、これも有名な「金沢おでん」の季節限定のメニューだ。香箱ガニの身と内子、外子などを一度甲羅から外して詰め直したものを蒸し上げておでんのだし汁で味付けするという、かなり手の込んだもの=写真・下=。香箱ガニの漁期は資源保護政策で11月6日から12月29日までと限られている。なので、金沢のおでん屋でかに面を食することができる期間は2ヵ月ほど。期限が限定されたメニューとあって、この時季には金沢おでんの店には行列ができる。これがすっかり金沢の繁華街の季節の風物詩になっている。
香箱ガニの話に集中したが、オスの加能ガニも人気だ。地元メディア各社の報道(15日付)によると、加能ガニの中でも重さ1.5㌔以上、甲羅幅14.5㌢など基準をクリアしたものは「輝(かがやき)」の最高級ブランド名が与えられ、きのう今季初めて1匹が認定され、金沢港かなざわ総合市場での競りで18万円の値がついた。メスの香箱ガニの最高級ブランド名は「輝姫」でこれは4万円。能登の漁業の再起に向けた第一歩となってほしいと願う。
「初物七十五日」という言葉がある。旬の時期に出回り始めた初物を食べると寿命が「七十五日」延びるという意味。 四季に恵まれた日本ならではの季節感で、それほど旬の食材を大切にしてきたということだろう。先日(8日)獲れたての香箱ガニとオーストラリア産ワインを楽しむ会が金沢であり、参加した。
て飲む。日本酒とはまったく異なる絶妙な風味が口の中に広がる。参加者は寡黙になり味わいを楽しんでいた。カニと日本酒は合う、そしてワインも合うと実感して気分が高揚した。寿命が「七十五日」延びた気分にもなった。
石川県小松市の里山にある農口尚彦研究所をこれまで何度か訪れた。直近では2022年12月だった。高齢ながら酒蔵の中をきびきびと動き回る姿やその腕の太さを見れば、いかに屈強な仕事人であるかが理解できる。農口氏と初めてお会いしたのは2009年だった。自身が金沢大学で教員をしていたときで、担当していた地域学の講義科目の非常勤講師として酒造りをテーマに講義をお願いした。それから3年連続で講義をいただいた。毎回自ら醸造した酒を持参され、講義の終わりには学生にテイスティングしてもらい、学生たちの感想に熱心に耳を傾けていた=写真=。