「小豆島」から何を連想するだろうか。良質なオリーブが採れる島というイメージしかなかったが、一日限りの島めぐりでも多様な文化と歴史が匂い立っていた。
「もろみ蔵」の黒、オリーブ畑の緑に彩られた小豆島
4日夕方、高松港から土庄(とのしょう)港に着いた。港で待機していたホテルのマイクロバスで向かう。運転をしているスタッフは観光ガイドも兼ねていて、「いまから世界一幅の狭い海峡を渡ります」とアナウンス。実は着いた土庄港は前島という島にあり、それに接するように小豆島がある。説明によると海峡の全長は2.5㌔で最大幅は400㍍、最狭幅は9.9㍍で最狭の部分で橋が架かっている。どう見ても普通の川のようなのだがれっきとして海峡なのだ。1996年ギネスブックに申請する折に「土渕(どふち)海峡」と命名されたとか。よく考 えると小豆島は日本の縮図だ。大きな島と隣接する小さな島がより合わさって大きな島になっている。
5日は朝からタクシーをチャーターして島めぐりをした。まず目指したのは「中山千枚田」=写真・上=。島の中ほどにあり、典型的な里山だ。8.8㌶の丘陵地に大小750枚ほどの棚田が折り重なるようにして曲線美を描いている。田植えが始まる前で、地域の人たちが田起こしや畦塗りに精を出していた。この棚田の上の湯舟山から豊富な湧き水が流れ、田を潤している。ただ、残念なことにざっと見て4分の1ほどはまだ耕作されていない。横にいた眺めていたタクシーのドライバー氏は「最近は棚田のオーナー制度で、都会の若い人たちが田んぼを耕しにやってきますので田植え前は間に合いますよ」と。棚田のオーナー制度は年間3万円の会費で、来月上旬の田植えや7月上旬の「虫送り」、9月下旬の稲刈り、10月の「農村歌舞伎」の鑑賞など農耕や伝統行事に参加できるのだと熱心に説明してくれた。確かに、それと思しき若い家族連れが何組か田んぼに入っていた。「おまけに棚田の新米20㌔がもらえますよ。お客さんもどうですか」と。北陸から来たのでと遠慮したが、それにしてもドライバー氏は優秀な「島の営業マン」だ。
国指定の名勝、寒霞渓(かんかけい)をロープウエイで下る。4分50秒という短い乗車時間ながら、渓谷の絶景を楽しむ。途中、「あっ、おサルさんがいる」と子どもたちの声がしたので、思わずカメラを向けたが、「渓谷の猿」のシャッターチャンスは逃してしまった。
小豆島のカタチは犬の姿にたとえられるそうだ。その後ろ脚の足の部分にあたることろに映画「二十四の瞳」(1954年)のロケ地がある。映画は1950年代日本映画の黄金期の名作の一つだが、幼いころにテレビドラマで見た程度で、正直、映画の題名や主演(高峰秀子)、原作者(壺井栄)をおぼろげながら覚えている程度だ。むしろ、1987年に田中裕子主演で再映画化されて、私より若い年代の方がこの映画を知っているのかもしれない。
1954年版の撮影が行われた「岬の分教場」(旧・苗羽小学校田浦分校)を訪ねた。どこか懐かしい。自身が学童のころ通った木造校舎での思い出が蘇ってくる。木の机 >やイスに落書きをして先生からしかられ、前列の女子にちょっかいをかけて廊下に立たされた。そんな忘却の彼方に追いやられているような記憶が校舎という記憶の再生装置によって湧き上がってくるのだ。これって、認知症や脳のリハビリに活用できないだろうか、素人ながらそんなことを考えた。
ドライバー氏から「醤油のもろみの匂いを嗅いだことありますか」と言われ、岬の分教場近くにある醤油の製造蔵=写真・中=に案内された。奥行きが100㍍もある立派な木造の「もろみ蔵」。ガラス越しに仕込みの樽の列が見学できる。換気口のような装置があってスイッチを押すと、蔵の内部の空気が流れてきて、「もろみ」の匂いを嗅ぐことができる仕組みだ。一瞬、黒いチョコレートのような重く香しい匂い、これが本来の醤油の匂いかと感じた。ドライバー氏から「もろみ蔵の屋根瓦がとても黒いでしょう」と言われ、周囲の家並みの屋根瓦と比べると、確かに各段に黒い。仕込み(分解、発酵、熟成)の過程で出るメラノイジンという物質の色で醤油が褐色なのもこの物質による。これが空気とともに上昇して、屋根瓦の熱で酸化して黒くな るそうだ。島には20軒余りの醤油メーカーがあるそうだ。「もろみ蔵」の黒の屋根、島のシンボルカラーかもしれない。
タクシーでの小豆島めぐりの最終スポットは「オリーブの茶畑」=写真・下=だった。小豆島は日本のオリーブ発祥の地としても知られるが、オリ-ブオイルだけでなく、現地では葉をお茶として重宝しているそうだ。ここで、「島の営業マン」ドライバー氏が語る。「オリーブオイルは果実から非加熱で搾油できる唯一の植物油ですが、採れるオイルは重量の1%。100㌔の実か1㌔から絞れない。残りの99%はハマチの養殖や牛や豚の飼料として活用されています」。昨夜ホテルで食べた「オリーブ牛」のステーキは確かにオイルと肉の相性が引き立ち、赤ワインとの相性もとてもよかった。朝食の「オリーブハマチ」もオリーブ醤油で食するとこれもなかなかのものだった。
復路は、土庄港から高松港へ、JR線で瀬戸大橋を渡り、岡山駅へ。新幹線で新大阪駅に行き、特急サンダーバードに乗り継ぎ。金沢駅に戻ると、時計は23時を回っていた。
⇒5日(金)夜・金沢の天気 はれ