☆ジャーナリズムの現場

 私は金沢大学の教養科目で「マスメディアと現代を読み解く」「ジャーナリズム論」「いしかわ新情報書府学」の3科目を担当していて、授業はかれこれ5年目になる。授業では、いろいろなゲストスピーカーを招き、報道やメディアの現場を語ってもらったが、今回の講義ほど「生々しさ」を感じたことはなかった。きょう(10月19日)のジャーナリズム論で話していただいた、朝日新聞大阪本社編集局社会エディター、平山長雄氏の講義のことである。

 朝日新聞は、ことし9月21日付の紙面で大阪地検特捜部の主任検事による押収資料改ざん事件をスクープした。この特ダネが評価され、平山氏は今月15日に開かれた第63回新聞大会(東京)で、取材班を代表して新聞協会賞を受賞した。学生は200人、私自身も多少緊張して耳を傾けた。

 一連の事件の発端は、ある意味で当地から始まる。2008年10月6日付けで、印刷会社「ウイルコ」(石川県白山市)が「低料第3種郵便物」割引制度(郵便の障害者割引)を不正利用してダイレクトメールを大量に発送していたことを朝日新聞が報じる。1通120円のDM送料がたった8円になるという障害者団体向け割引郵便制度を悪用し、実態のない団体名義で企業広告が格安で大量発送された事件が明るみとなった。これによって、家電量販店大手などが不正に免れた郵便料は少なくとも220億円以上の巨額な金になる。国税も動き、さらに大阪地検特捜部は2010年2月以降、郵便法違反容疑などで強制捜査に着手した。事件の2幕は舞台が厚生労働省へと移る。割引郵便制度の適用を受けるための、同省から自称障害者団体「凛の会」へ偽の証明書が発行されたことが分かり、特捜部は2009年7月、発行に関与したとして当時の局長や部下、同会の会長らを虚偽有印公文書作成・同行使罪で起訴した。

 ところが、元局長については、関与を捜査段階で認めたとされる元部下らの供述調書が「検事の誘導で作成された」として、ことし9月10日、大阪地裁は無罪判決を下した。そして、同月21日付紙面で、大阪地検特捜部が証拠品として押収したフロッピーディスク(FD)が改ざんされた疑いがあると朝日新聞が報じる。その後、事件を担当した前田恒彦主任検事が証拠隠滅容疑で 、上司の大坪弘道特捜部長、佐賀元明特捜副部長(いずれも当時)が犯人隠避容疑で最高検察庁に逮捕される前代未聞の事態となった。

 一連の事件の概略は以上だ。では、なぜ元局長が無罪となったのか。報道してきた責任として検証しなければならない。さらに、浮かんできたのが主任検事による押収したフロッピーの改ざん疑惑だった。取材記者はすでにこの端緒となる話を7月ごろに聞いていた。元局長無罪の判決を受けて、疑惑を検事に向けて取材しなけらばならない。相手は政治家も逮捕できる検察である。その矛先が新聞社の取材そのものに向いてくる場合も想定され、一歩間違えば、「検察vs朝日新聞社」の対決の構図となる。被告側に返却されていたフロッピーを借りに行った記者に、被告側の弁護士は「検察そのものを取材にあなたは本当に入れるのか」とその覚悟の程を問うた、という。

 こうした伸るか反るか、取材者側のギリギリの判断があったことが淡々と授業では語られた。それが返って、私には臨場感として伝わってきた。最後に平山氏は「権力の監視、チェックこそがジャーナリズムの本来の使命であるということを改めて心に刻んだ」と締めた。ジャーナリズムの現場の重く、そして尊い言葉として響いた。

⇒19日(火)夜・金沢の天気   くもり