☆震災遺構は「地域資源」なのか 住民感情との微妙なズレ

きょうの金沢は朝方に雨が降ったせいか、蒸し暑い一日だった。自宅近くの街路の温度計で34度、真夏日だ。テレビニュースによると、金沢から南の小松市では35度を超えて猛暑日となった。金沢地方気象台のデータでは、石川県内でもっとも早い猛暑日は1978年6月17日だったので、これを1日更新したことになる。あすからも真夏日は続くとの予報だ。

話は変わる。去年元日の能登半島地震の被災地では、被害を受けた建物などを「震災遺構」として残す動きが始まっている。石川県の「創造的復興プラン」ではリーディングプロジェクトとして13の取り組みを打ち出しているが、その中に「震災遺構の地域資源化に向けた取り組み」がある。このプランに沿って、半島の尖端部分にあたる能登町では地震と津波、そして火災で被災した白丸地区の白丸郵便局を震災遺構として保存・活用する計画を進めている。

郵便局は防波堤を乗り越えてきた高さ5㍍近い津波で窓や壁、内部が壊れた=写真・上、2024年11月5日撮影=。地元メディア各社の報道(6月14日付)によると、この郵便局を震災遺構として残すことに反対意見もあるようだ。今月13日の町議会本会議での一般質問で、ことし3月の町長選で初当選した吉田義法町長は「半永久的に保存する思いはない。まずは10年をめどに考えたい」と述べた。

吉田氏は町長就任前の町議のときは地域住民の感情を考慮して保存反対の立場をとっていた。しかし、前町長がすでに震災遺構の手続きを進めており、すでに県観光連盟がまとめた「震災学習プログム」の中に組み込まれていることから、今も反対の立場ながら、「まずは10年」発言となったようだ。

震災遺構についてはこれまでも議論があった。2011年3月11日の東日本大震災での気仙沼市のケース。津波で陸に打ち上げられた大型巻き網漁船=写真・下、2011年5月10日撮影=を同市は震災遺構として保存を目指していた。ところが反対論もあり、市民アンケートを実施したところ、回答数のうち68%が「保存の必要はない」で、「保存が望ましい」16%を大きく上回った。この住民の意向を受けて、漁船は解体撤去された。

被災住民とすれば、日常の光景の中でいつまでも震災の面影を見たくはなかったのだろう。震災遺構の指定に行政は住民の微妙な感情に配慮する必要があることの事例でもある。

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