★GIAHS国際会議の視座‐4

(「GIAHS国際会議の視座‐3」のつづき) では、世界各地のGIAHSの例をいくつかご紹介したいと思います。あまり細かいところまではご紹介できませんが。一つ目は米と魚の同時生産システムです。日本では残念なことに、たくさんの水田があり、米と魚が両方食べられているのに、農薬が集中的にあまりにも多く使用されているせいで、水田で魚が生育できなくなっていますが、この魚を使った米の生産は非常に巧妙なシステムです。魚が害虫を食べ、米の肥やしとなり、米と魚の調和が保たれるだけでなく、世界の貧困国においてタンパク質とエネルギーと穀物を同時に得ることができます。

          パルビスGIAHS事務局長が能登の農業者に語ったこと(下)

 私は能登の一部で、農薬の使用をやめた所を見学させていただきました。そこでは有機栽培で米が生産されており、少しずつ水田にカエルや動物、様々な種類のヒルやミミズ、貝類が戻ってきています。生態系や生物多様性を回復するだけでなく、自然の中のある種のバランスが取り戻され、農薬や肥料の必要がなくなるため、これは非常に重要なことです。このような自然なシステムがもっと増えれば、きっと水田にもっと魚が増え、GIAHSがいっそう改良されます。

 フィリピンのイフガオの棚田は一つのおどろきです。その素晴らしい場所で様々な種類の米が栽培されています。しかし森林が劣化し、水田の灌漑システムに必要な水が不十分なため、危機にさらされています。私たちは、エコツーリズムを導入したりして、この場所に暮らしを取り戻すために努力をしています。エコツーリズムを導入したのは、この美しい棚田や伝統的な儀式を見て喜んでくれる人がたくさんいるからです。イフガオでは、酒に似た製品などもたくさん作っています。これは、私たちがフィリピン政府や地元のコミュニティと協力している取り組みの例です。

 砂漠の真ん中のオアシス・システムもあります。ここには非常に巧妙な地下灌漑システムがあり、非常にわずかな水でナツメヤシを生産し、多層の庭を作り出し、魅力的な文明を生み出しています。これは、私たちが取り組んでいるチュニジア、アルジェリア、モロッコ、エジプトなど北アフリカの国のGIAHSの例です。このオアシスの周りには、水がないので何も育ちません。人の創造力によって、このような美しい庭が生み出されました。はるか彼方、500キロも離れた山から水が引かれているのです。また、インドのカシミール地方のサフラン遺産システムや、もちろん日本の里山もGIAHSとして認定されています。

 私たちは、これまでに世界中で200のシステムが独特のシステムであると特定してきました。きっともっとたくさんあるでしょうが、これら200システムのうち、19のシステムをGIAHSに認定し、取り組みを続けています。私たちは、GIAHSにふさわしいシステムを見つけたら、基本的に三つのレベルで調整作業を行います。まずグローバルなレベルでシステムを認定します。国レベルでは動的保全のための発展政策を策定します。ローカル・レベルでは、人々に力を与え、これらのシステムが発展し、維持されるようにして、エコラベル、エコツーリズムなどで多様化を図ります。グローバル・レベル、国レベル、ローカル・レベルでこれらの活動をつなぐのです。グローバル・レベルではFAOが認定を行い、国レベルの政策が小規模な農家や家族経営農家、地域の里山や里海をサポートし、そしてローカル・レベルで製品やサービスをブランド化し、経済的な付加価値が得られるようにします。

 私たちは、「持続可能な暮らしの枠組み(Sustainable Livelihood Framework)」の策定に取り組んでいます。これは農村部の五つの資本を取り上げたものです。すなわち、自然資本、人的資本、社会資本、物的資本、金融資本の五つです。これらはすべて、私たちが投資する必要がある資本です。金融資本やお金だけでないし、土地や水などの自然資本だけでもありません。若い人や健康、学校、知識、技能といった人的資本も重要です。社会資本、すなわち人的関係やつながりもあるし、道路や市場など物的資本のインフラも重要です。私たちは農家と一緒になって、これらすべてに投資する行動計画の準備を進めています。

 私たちは生産を強化する必要がありますが、単純化してはいけません。例えば、日本の水田のような生産強化は、もっと多くの種を蒔き、もっと肥料と農薬を使い、もっと生産するということが多いですが、これはシステムの単純化につながり、たくさんのエネルギーを使い、自然資本を破壊してしまいます。私たちは、システムを単純化することなく生産を強化し、たくさんの生産物とサービスを生み出したいと考えています。例えば、里山システムと生産強化した稲作システムを比較してみましょう。いずれも非常に生産性が高いですが、里山の方は生産物の多様性があり、産品の美しさがあり、文化を伴う豊かさがあります。一方、生産強化した稲作の方は重さだけ、何キロの米が採れたかということだけが問題にされており、これは私たちの目的には全く適いません。

 私たちは、グローバルとローカル、ローカルとグローバルをつなぐことも目指していて、これはまさに私たちがこれまでに実行してきたことです。インドの首相がインドのコラプットというところの農家にGIAHS認定証を交付しました。この農家はもともと地元の人で、その農場で400種以上の米を栽培しています。非常に小さな農地に、400種という品種の多様性の高さが世界的貢献として認められました。私たちは、エコロジカルな農業やラベリング、展示会など、いろいろな活動を世界中で推進しています。展示会には、例えばイモの見本市とか、オアシスのナツメヤシの見本市とかがあり、農家の製品が直接展示されます。私たちはこのような活動を通じて、農業遺産の世界的な重要性の発信に取り組んでいます。

 GIAHSは過去にまつわるものではなく、将来を見据えたものです。ごくわずかな農場を博物館に保存しようというのではありません。将来性のある農業をいかに発展させていくかということを問題にしています。アメリカのナパバレーには有機栽培のブドウ園があり、そこでは農家の人がブドウ園の周辺に生えている植物などすべての生態的サービスを再現しました。これらの植物が訪花性のハチを呼び寄せ、有機農業により非常に素晴らしい香りのワインを生産できるようになりました。これは将来を見据えたもので、過去の話ではありません。このブドウ園では大量生産をしていませんが、市場では高値がついています。ブドウ園の農家は、優れた製品を生産するだけでなく、生態系と生物多様性を維持し、その恩恵を受けています。これはアメリカの現代の里山と言えるでしょう。

 コフィ・アナン(前・国連事務総長)があるスピーチで指摘しているように、生物多様性とは生命そのものにとっての生命保険です。私たちは、生物多様性が高い農業を維持していく必要があります。農業や文化の多様性や生物多様性は、私たちの生命維持システムにとって重要であり、保険のような存在なのです。生物多様性が優れていればいるほど、私たちは将来の問題に備えて保険をかけることができます。例えば、キノア(アンデス地方で栽培される雑穀)は各地に異なる種があり、その種ごとに異なる色をしています。ペルーにある栽培地は本当に美しい場所です。さらに興味深いことに、種ごとに違った病気に強いという性質があるため、全体として非常に病気に強い、生物多様性に富んだ農場ができます。これは、現在と将来の世代にとって重要なことです。

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