では、単行本『里山復権~能登からの発信~』(創森社)の出版に携わった一人として、私自身、この本の中で何を言いたかったのか。それはパラダイム・シフト、つまり大きな価値の転換を訴えたかったのだと思う。産業革命以来の大量生産、大量消費の社会・経済構造からの転換を迫られている今日、里山や里海をいかに活用し人々に役立ていくのか、ということだ。
未来可能な社会を生きていくために
日本でいったん絶滅した国際保護鳥のトキはかつて能登半島などで「ドォ」と呼ばれていた。田植えのころに田んぼにやってきて、早苗を踏み荒らすとされ、害鳥として農家から目の敵(かたき)にされていた。ドォは、「ドォ、ドォ」と追っ払うときの威嚇の声からその名が付いたとも言われる。米一粒を大切にした時代、トキを田に入れることでさえ許さなかったのであろう。昭和30年代の食料増産の掛け声で、農家の人々は収量を競って、化学肥料や農薬、除草剤を田んぼに入れるようになった。人に追われ、田んぼに生き物がいなくなり、トキは絶滅の道をたどった。
だが、その発想は逆転した。トキが舞い降りるような田んぼこそ生き物が多様で環境にすぐれ、安心安全な田んぼと評価される。そこから収穫されるお米は「朱鷺の米」(佐渡)に代表されるように高級米ともなる。人は生き物を上手に使って、食料の安心安全の信頼やブランドを醸し出す時代となったのである。農家も生き、トキも生きる、まさに環境配慮がビジネスにつなげられる時代を迎えつつあるのである。
トキ1羽が能登で羽ばたけば、いろいろな波及効果があると考えられる。環境に優しい農業、あるいは生物多様性、食の安全性、農産物への付加価値をつけることができる。トキが能登で舞うことにより、新たなツーリズムも生まれる可能性もある。そうした能登半島にビジネスチャンスや夢を抱いて、あるいは環境配慮の農業をやりたいと志を抱いて若者がやってくる、そんな能登半島のビジョンが描けるのではないだろうか。そんな時代に突入したのだと思っている。
里山と里海はこれまで別々に捉えられてきたが、もちろん両者は川と人々の営みを通じてつながっている。自然のネットワークがそこにはあり、陸の環境が悪くなれば、海も汚れることになる。この自然のネットワークの仕組みを解き明かすキーワードは「物質循環」である。海と陸が一体となった食物連鎖がそこには残されている。古くから漁村では、海の生態系と陸の生態系とのつながりを示す言葉として、魚は森に養われているという意味で魚付林(うおつきりん)と呼び慣わされてきた。自然のネットワークは里、川、海で連環しているが、人間のさまざまな営みと構造物によってネットワークは断絶、あるいは歪められてきた。
陸と川と海がつながっている、この自然のネットワークの仕組みを科学的にもっと分かりやすく解明し、再生することで人間は自然から大きな利益=生態系サービスを得るはずである。また、人々もお互いがステークホルダー(利害関係者)であるとの共通認識ができる。自然のネットワークを人のネットワークづくりの理念として生かせないか、と考えるのである。人々がこれからも持続可能な、あるいは未来可能な社会を生きていくために。
⇒6日(水)朝・金沢の天気 くもり