★トキは佐渡海峡を超え

 去年9月25日、人口繁殖のトキ10羽が佐渡で放鳥された。その後、1羽は死んだが3羽が40㌔もある佐渡海峡を越えて本州に飛来したというニュースがあった。専門家の推測では、トキが飛ぶのはワイフライトでせいぜい30㌔だと推測されていたので、佐渡が大きなトキの鳥かごになり、佐渡からは出られないだろうと言われていた。それがやすやすと佐渡海峡を越えた。

 それまで大切に「箱入り娘」のように大切に育てられたあのトキが野生に目覚めて、本州に飛んだのである。最初の1羽は、飛来が新潟県胎内市で確認されたので、もし佐渡の放鳥場所からダイレクトに飛んだとすれば、胎内市まで60キロとなる。このニュースに胸を躍らせているのは能登に人たち。佐渡の南端から能登半島まで70キロなので、ひょっとして能登半島に飛んでくるかもしれないと期待している。それは見当外れでもない。放鳥されたトキは、背中にソーラーバッテリー付き衛星利用測位システム(GPS)機能の発信機を担いでいて、3日に一度位置情報を知らせてくる。データによると、トキは群れていない。放鳥された場所から西へ行っているトキ、東へ行っているトキ、北へ行っているトキとバラバラだ。中でも、2歳のオスは佐渡の南端方面でたむろしている。これが北から南に向かう風にうまく乗っかると、ひょっとして能登に飛来してくるかもしれないというのだ。

 能登半島は本州最後のトキの生息地である。1970年に捕獲され、繁殖のため佐渡のトキ保護センターに移送されたが、翌年死んでしまう。昭和32年(1957)、輪島市三井町の小学校の校長だった岩田秀男さん(故人)は当時、カラーのカメラをわざわざドイツから取り寄せて、能登のトキの撮影に成功した=写真=。白黒写真が普通だった時代に、「トキの写真はカラーで残さなければ意味がない」とこだわった。今では能登のトキを撮影した貴重なカラー写真となった。

 昭和の初めに佐渡で死んだ野生トキの胃の内容物の写真がある。見てみると、トキはどんなものもを食べていたのか分かる。食物連鎖の頂点にトキはサンショウウオ、ドジョウ、サワガニ、ゲンゴロウ、カエルなど多様な水生生物を食べている。ここから逆に類推して、トキが能登で生息するためには、田んぼなどの農村環境にこれだけの生物が住めるような環境にしなければならないということだ。金沢大学里山プロジェクトが進めている生物多様性のテーマがここにある。これまで、金沢大学、新潟大学、総合地球環境学研究所の研究者が一昨年前(07年)の10月に踏査を行ったほか、トキの生息の可能性はどこにあるのか、里山プロジェクトでは調査を続けている。

 トキ1羽が能登で羽ばたけば、いろいろな波及効果があると考えられる。環境に優しい農業、あるいは生物多様性、食の安全性、農産物への付加価値をつけることができる。トキが能登で舞うことにより、新たなツーリズムも生まれる。そうした能登半島にビジネスチャンスや夢を抱いて、あるいは環境配慮の農業をやりたいと志を抱いて若者がやってくる、そんな能登半島のビジョンが描けたらと思う。

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