
ジョグラフ氏がまぶたに焼き付けた能登のSATOYAMAとSATOUMI。このツアーはCOP10の関連会議を石川に誘致する第一歩だった。では、どのようなプロセスを経て、ジョグラフ氏は能登を訪れたのだろうか。実は、3人の仕掛け人がいる。谷本正憲知事、中村浩二教授(金沢大学)、あん・まくどなるど所長(オペレーティング・ユニット)である。その年の5月24日、3人の姿はドイツのボンにあった。開催中だった生物多様性条約第9回締約国会議(COP9)にジョグラフ氏を訪ね、COP10での関連会議の開催をぜひ石川にと要請した。あん所長は谷本知事の通訳という立場だったが、身を乗り出して「能登半島にはすばらしいSATOYAMAとSATOUMIがある。一度見に来てほしい」と力説した。このとき、身振り手振りで話すあん所長の右手薬指からポロリと指輪が抜け落ちたのだった。3人の熱心な説明に心が動いたのか、ジョグラフ氏から前向きな返答を得ることができた。この後、27日にはCOP9に訪れた環境省の黒田大三郎審議官にもCOP10関連会議の誘致を根回し。翌日28日、日本の環境省と国連大学高等研究所が主催するCOP9サイドイベント「日本の里山里海における生物多様性」でスピーチをした谷本知事は「石川の里山里海は世界に誇りうる財産である」と強調し、森林環境税の創設による森林整備、条例の制定、景観の面からの保全など様々な取り組みを展開していくと述べた。同時通訳を介してジョグラフ氏は知事のスピーチに聞き入っていた。能登視察はその4ヵ月後に実現した。
能登視察はジョグラフ氏にとって印象深かったのだろう。その後、生物多様性に関する国際会議で、「日本では、自然と共生する里山を守ることが、科学への崇拝で失われてしまった伝統を尊重する心、文化的、精神的な価値を守ることにつながっている。そのお手本が能登半島にある」と述べたそうだ。能登のファンになってくれたのかもしれない。
※この文は橋本確文堂が発行する季刊誌「自然人」(第20号/春)に寄稿したものを採録したものです。