子どもたちにすれば、足で踏んでローターが回転するだけでも楽しく、さらにそこに稲穂を差し込むとモミが簡単に取れるから面白い。50人ほどの子どもたちが入れ替わり立ち代わり試みる。子どもたちの歓声は絶えなかった。
なぜ金沢大学で子どもたちが、と思われるかもしれない。近くの金沢市立田上小学校の5年生の総合学習の時間を大学として支援している。このため、子どもたちは春にはキャンパス内の竹林でタケノコ掘りを体験し、初夏には田植え、草取り、秋には稲の収穫を行っている。
こうした作業を学生や教員が支援するのではなく、地域のボランティアの人たちが子どもたちに手ほどきをしている。大学は場所の提供と、ボランティアと学校をつなぐ役目に徹している。ボランティアの中には91歳のおばあさんもいる。
これまでの話を次ぎように考える。大学キャンパスを学問の砦(とりで)として閉ざすのではなく、地域に開放している。学校は地域の人々の協力でさまざまな子どもたちへの教育を試みている。ボランティアは高齢であっても地域参加の志(こころざし)を持って生きがいとしている。この3つの要素がうまくかみ合った結果として、子どもたちの歓声が沸き起こったのである。
もちろん、この3つの要素は偶然に重なったのではない。ここに至るまでに大学は大学で地域開放と社会貢献の論議をし、学校は学校で管理教育とゆとり教育の論議をし、地域は地域で人のネットワークづくりの長い歴史があったろう。そのお互いの試みが広がる裾野の一端で重なり合って、今回の「歓声のトライアングル」の光景があった訳である。季節は収穫の秋であり、成熟した社会の実りの光景でもある。
⇒18日(水)午前・金沢の天気 はれ