☆「拍手の嵐」鳴り止まず

  ベートーベンの交響曲を1番から9番まで聴くだけでも随分勇気がいる。そのオーケストラを指揮するとなるとどれだけの体力と精神を消耗することか。休憩を入れるとはいえ9時間40分の演奏である。指揮者の岩城宏之さんがまたその快挙をやってのけた。東京芸術劇場で行われた2005年12月31日から2006年1月1日の越年コンサートである。

   写真は、演奏の終了を告げても2000席の大ホールをほぼ埋めた観客による拍手の嵐の様子である。観客は一体何に対して拍手をしているのだろうか。クラシックファンを名乗るほどではないが、年に数回は聴きに行く。それでもこれだけのスタンディングオベーションというのはお目にかかったことはない。演奏の完成度に加え、おそらくベートーベンの1番から9番を「振り遂げた」「聴き遂げた」「演奏を遂げた」というある種のステージと客席の一体感からくる充足感なのだろう。

  演奏終了後に岩城さんの控え室を訪ねた。憔悴しきったのであろう。控え室の前で40分ほど待った。その間に番組ディレクターに聞いた。「何カットあったの」と。「2000カットほどです」と疲れた様子。カットとはカメラの割り振りのこと。演奏に応じて指揮者や演奏者の画面をタイミングよく撮影し切り替える。そのカットが2000もある。ちなみに9番は403カット。演奏時間は70分だから4200秒、割るとほぼ10秒に1回はカメラを切り替えることになる。これも大変な労力である。私は今回、その映像をインターネットで配信する役目の一端を担い会場にいた。経済産業省によるコンテンツ配信の実証事業の一環である。世界に唯一とも言うべきこの映像をネット配信できたことに私も意義を感じている。 岩城さんを訪ねたのはその協力のお礼を言うためだった。

  岩城さんは演奏者控え室前のフロアであった打ち上げの席上で、「また来年大晦日も」と宣言した。そして引き続き1月2日と3日は東京で、4日は大阪でコンサートが控えているという。足掛け4連投。これが05年8月に肺の手術(通算25度目の手術)を受けた人の言葉かと一瞬耳を疑った。このエネルギーの源泉はどこから来るのか。われわれはその岩城さんからある意味でエネルギーをもらっているようなものだ。もっと医学・生理学的に「岩城研究」がなされてよいのではないかとも思った。

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