チーズのミモレットを初めて食した。チーズ独特のにおいがツンとくるものの、歯応えは決して硬くはない、むしろ「しなやか」と表現したい。実にきめ細やかな食感である。「硬くて食えない、かびたチーズ」と森喜朗氏が評して一躍有名になったチーズだ。ヨーロッパの高級品というのは得てしてそんなものだという先入観を私も持っていたが、それが「濡れ衣」であることが分かった。
フランス産のミモレット(mimolette)を食する至ったいきさつをちょっと説明したい。郵政民営化法案否決で日本に激震が走った8月8日の2日前、小泉総理に衆院解散を思いとどまらせようと森氏が官邸を訪ねた。しかし「殺されてもいい」と小泉総理に拒否された。その会談で出たのが缶ビールと「かびた」チーズだった。会談後、森氏はわざわざ握りつぶした缶ビールとチーズを取り囲んだ記者団に見せ、「寿司でも取ってくれるのかと思ったらこのチーズだ」「硬くて歯が痛くなったよ」と憮(ぶ)然とした。映像を見た有権者は逆に「小泉は郵政改革に命をかけている、本気だ」との印象を持った。歴史的となった9月11日の選挙ドラマのプロローグはまさに森氏が記者団にチーズを見せるシーンから始まったのだ。チーズは後にフランス産高級チーズの「ミモレット」と判った。
選挙後、ミモレットの味を検証したと思い、金沢市内の食品店を探したがない。金沢大学近くのフランス料理店でも注文したが、「東京の食材店に注文すれば1ヵ月ほどかかるが…」とニベもない。たまたま、自宅近くの大手リカーショップに問い合わせると「近く入荷する」との返事があり、注文しておいた。先日店から電話があり、いそいそと取りに行った。オレンジ色は見ようによっては確かに「かびた」ように見えるが、歯応えや食感は冒頭に記した通りである。
森氏の味覚がおかしいと言っているわけでない。政治の駆け引きの場面では、どんな料理も賞味はできる雰囲気ではないだろう。8月6日夜、森氏がもし小泉総理の先輩としての余裕を見せて「小泉さんは『殺されてもいいから解散をやる』と言ったよ。しかたないな。でも、あのミモレットは実にうまかったよ」などと記者団に説明していたら、選挙の結果は自民大勝にはならなかったはずだ。むしろ国民から「高級チーズなんか食いやがって」と総スカンをくらっていたに違いない。森氏の苦りきった表情、握りつぶした缶ビール、そして「かびた」チーズから見えてきた政治の緊迫感がテレビを通して有権者に伝わったからこそ歴史は動いた。
年末の「ことしの重大ニュース」のテレビ番組はこのシーンから入るのではないかと、つらつらと想い描いている。
⇒20日(木)午前・金沢の天気 くもり時々はれ