

去年10月にお会いしたとき、「なぜ1番から9番までを」と伺ったところ、岩城さんは「ステージで倒れるかもしれないが、ベートーベンでなら本望」とさらりと。岩城さんは72歳、休憩を挟んだとは言え9時間にも及ぶ演奏、しかも胃や喉など25回も手術をした人である。体力的にも限界が近づいている岩城さんになぜそれが可能だったのか。それは「ベートーベンならステージで倒れても本望」という捨て身の気力、OEKの16年で177回もベートーベンの交響曲をこなした経験から体得した呼吸の調整方法と「手の抜き方」(岩城さん)のなせる技なのである。そして、残りの人生の大晦日を毎年、ベートーベンの1番から9番に捧げるというのだ。
大晦日の「第九」コンサートは世界中で行われているが、1番から9番を同一指揮者で演奏するのは世界でたった一つのコンサートである。この岩城さんの志(こころざし)は正月を迎える新しいスタイルになる可能性を秘めている。1番から9番をじっくり聴き、哲学する音楽家ベートーベンを心ゆくまで楽しむというスタイルである。経済産業省は新しい国家商標に「ネオ・ジャパネスク(新日本様式)」を提唱している。メード・イン・ジャパンに代わる新しいブランドを創造するというのだ。アニメが世界のスタンダードに躍り出たように、日本発の1番から9番のベートーベンチクルス(連続演奏会)は世界のスタンダードになり得る、まさにネオ・ジャパネスクではないのか。「マエストロ・イワキのベートーベンを聴きに年末はトウキョーに行こう」。そんな言葉が世界のクラシック通の間で交わされ始めているに違いない。私には聞こえる。
⇒14日(土)午前・金沢の天気