★能登地震の公費解体で出た廃棄物は石川県のごみ10年分に相当

能登半島地震からまもなく2年3ヵ月が経つ。このニュースを見て、被災地はようやく一区切りついたか、との印象だ。共同通信ニュースWeb版(24日付)によると、能登半島地震と奥能登豪雨で被災した石川県内の建物の公費解体で出た災害廃棄物はことし2月末までに処理が完了した。廃棄物の総量は359万㌧に上り、県内の年間ごみ排出量の10年分に相当する量だった。

県内での公費解体は長期間を要する建物などを除く4万2162棟で、2025年末に完了している。公費解体の棟数が想定を上回ったことから、廃棄物の総量は当初想定の約1.5倍に増加していた。廃棄物の内訳は、瓦などの不燃物がもっとも多く、全体の4割を占めた。自治体別では輪島市が111万3千㌧、珠洲市が80万7千㌧、七尾市48万8千㌧と続いた。(※写真・上は、輪島市の家屋の解体現場=2024年8月撮影)

では、公費解体で出た廃棄物はどのように処理されたのか。廃棄物は瓦やコンクリート片などの不燃物と、木くずなどの可燃物に分別された。搬出先は県内が7割で、3割は富山県を中心に全国の自治体が処分に協力した。このため、輸送にはトラックのほか、船舶や鉄道も活用された。

木くずなどは運搬船で能登町宇出津港から新潟県糸魚川市の姫川港に運ばれていた。実際、宇出津新港に行って見ると、1千㌧クラスの運搬船が港に入っていた=写真・下、2024年7月撮影=。この運搬船で、公費解体の住宅の25棟分に相当する2千立方㍍の木くずを搭載できる。陸上輸送に換算すると、連結トレーラーの33台分に相当する量だ。木くずは糸魚川市の港で下ろされ、中間処理施設で破砕された後、セメント製造施設で燃料として使用された。

不燃物の金属くずやコンクリート片などは、県内で製鋼原料や復興の建設資材として再利用された。また、可燃物と不燃物は県南部の処理場に搬入された。富山県など自治体が処分に協力した。中でも東京都は、小池都知事が2024年7月に被災地を視察し、可燃物と木くずの受け入れ支援を表明。石川県から鉄路で都内の貨物駅に移送した後、トラックなどで都内各地のごみ処理施設に運んで処理した。東京都は東日本大震災(2011年3月)の被災地からの廃棄物を受け入れていた。

能登半島地震は国の「特定非常災害」に指定されているため、廃棄物の処理にかかる費用の97.5%を国が負担することになっていたが、2024年3月の閣議で国の負担を最大で99.7%まで引き上げることを決定している。

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