★「天皇誕生日」に想う 能登被災地を3度訪れた「寄り添いの美学」

きょう23日、天皇陛下は66歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、皇居で行われた記者会見で、「ことしは東日本大震災から15年、熊本地震から10年の節目の年になります。震災が各地に甚大な被害を及ぼしたことは、今思い出しても胸が痛みます」「これからも、雅子と共に、被災地に心を寄せていきたいと思っています」と述べられた(メディア各社の報道)。

天皇、皇后両陛下が被災者に寄り添う姿に感服したのは、2024年元日の能登半島地震、そして同年の9月の記録的な大雨に見舞われた能登を訪問されたときだった。訪問現場に立ち会ったわけではなく、メディアの報道を通して得た印象だが、「寄り添いの美学」というものを感じた。

両陛下は2024年に3度、能登を訪問された。最大震度7だった能登半島地震の見舞いに3月22日と4月12日に、そして復旧・復興の途上の9月21日に輪島市など奥能登を襲った48時間で498㍉の記録的な大雨の被災者を見舞いに12月17日に訪れている。

3月に訪れた際に、現地に負担をかけないようにと昼食は東京から持参されていた。能登空港からヘリコブターとマイクロバスを乗り継いで輪島の朝市に向かい、店舗や住宅など200棟が焼失し、多くの犠牲者が出た焼け跡に向かって黙礼をされた=写真・上、宮内庁公式サイト「被災地お見舞い」より=。天皇陛下にとって輪島の朝市は、学習院高等科1年生の頃に訪問されたことのある思い出の場所でもある。その後、半島の尖端に位置する珠洲市に入り、避難所を訪れ膝をついて、被災者ひとり一人に「お体を大切に」などとお声をかけられた=写真・下、NHKニュースより=。

能登を再び訪問されたのは4月12日だった。両陛下は空港からマイクロバスに乗り、穴水町と能登町の避難所を訪れ、被災者を見舞われた。穴水町では、地震による土砂崩れで16人が亡くなった由比ヶ丘地区に向かって黙礼された。また、津波で住宅が流されるなどした能登町白丸地区を訪ね、家屋が倒壊し犠牲者が出た現場に向かって黙礼された。両陛下は3月に輪島市と珠洲市、4月に穴水町と能登町を回られ、地震災害がもっとも大きかった奥能登を一周された。地域それぞれを丁寧に見舞われた。石川県民の一人としてそんな印象だった。

そして3度目の訪問となった12月17日。両陛下は空港からマイクロバスで輪島市を訪れ、河川が氾濫し住宅4棟が流され、14歳の少女ら4人が犠牲となった同市久手川町で、犠牲者の冥福を祈った。その後、豪雨の避難所を訪れ、イスに座る被災者に中腰で声をかけられた。両陛下は県警や消防署、自衛隊関係者とも対面され、被災者の救助と支援の労をねぎらわれた。

両陛下の能登訪問の報道で印象に残るのは、3月に訪れた際の移動はヘリコプターとマイクロバスの乗り継ぎだったが、2回目以降はマイクロバスによる移動となった。マイクロバスでより近い距離から災害現場を見たいと要望されたようだ。12月の訪問では現地の首長との面談で、屋根に上り危険を伴う復旧作業や公費解体に当たる人たちを案じておられたようだ。

天皇誕生日の祝日に、能登の被災地と両陛下の寄り添いの訪問を振り返ってみた。

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