この3日間(15-17日)能登半島の中ほどにある中能登町に滞在した。この町で「全国どぶろく研究大会」が開かれ=写真、16日午後6時半ごろ撮影=、オブザーバーの一人として参加した。大会は、「どぶろく特区」の生産者や関係者が一堂に会し、どぶろく製造の状況、活用方法、地域への波及効果などについて意見・情報交換を行う場として2005年度に始まり、年1回程度開催されている。2025年1月に同町で開催される予定だったが、2024年元旦の能登半島地震で、一年延期となっていた。全国大会は今回で17回となる。

今回の全国大会では生産者ら130人が集まり、ぞれぞれが持ち寄った63銘柄を飲み比べをするなどして意見交換し、交流を深めた。きょう(17日)は同町の天日陰比咩神社でフェスティバルが開催され、全国の銘柄を楽しむグループや家族連れ、マニアの人たちが訪れていた。
自身がどぶろくを初めて飲んだのはもう40年ほど前、新聞記者のころだった。「ぐるり白山」というレジャーの記事を担当していて、岐阜県の白川郷に取材に行くと、「どぶろく祭り」が開かれていた。当時、神社の境内で400円の盃(さかずき)を購入すると何杯でも呑めた。白川のどぶろくはアルコール度数が14度から18度と濃厚で、白いエプロン姿のおばさんたちが注いで回る。もう一杯、もう一杯と勧められると、つい飲んでしまう。神社の境内では飲み過ぎて眠り込んでしまう人たちがあちこちにいた。自身もその一人だった。
古くからどぶろくは庶民の酒だったが、明治に入って酒税法ができて、各家々でのどぶろくの製造は禁止となった。かつてニュースとなった「どぶろく裁判」がある。社会運動家の前田俊彦氏(故人)が公然とどぶろくを造り、仲間に飲ませて酒税法違反容疑で起訴され、「憲法で保障された幸福追求の権利だ」と反論し争った。1989年12月、最高裁は「自家生産の禁止は税収確保の見地より行政の裁量内」との判断を示し、前田氏の上告を棄却した。その後、世の中は移り変わり、農業者が自家産米で仕込み、自ら経営する民宿などで提供することを条件に酒造りの免許を取得できる「どぶろく特区」制度が2003年に始まり、今では地域起こしの食文化資源にもなっている。
特区は全国の自治体で130余りが認定されており、中能登町もその一つ。同町にある神社3社では神事として伝統的に造っていて、特区として民間の農業者2人がどぶろくを造っている。どぶろくを造りたいという移住者望者もいるようだ。
どぶろく造りが盛んになった背景には世界的な原酒ブームがある。いま、ヨーロッパやアメリカではワインの原酒ブームだ。ワインは「ペティアン・ナチュレ」と言い、発酵途中でろ過せず、そのままビン詰めしたワインが人気となっている。まさにワインの「どぶろく」だ。そして、ヨーロッパやアメリカでは日本酒ブームなので、どぶろくが注目されるかもしれない。ただ、アメリカやヨーロッパに「どぶろく」を輸出するとなると、問題点もある。どぶろくは生ものなので温度管理をしなければ味と質が変わる恐れがある。これがけっこう難しいかもしれない。どぶろくを飲みながらつらつらと述べてしまった。
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